傷を愛せるか

最近,宮地尚子さんの「傷を愛せるか」という本を読んだ。


彼女は精神科医で,臨床の現場に立ちながら
トラウマやジェンダーの研究をしている。

そんな彼女の日常生活の中で感じたことや考えたことがエッセイ風に書かれている,そんな本。


そんな中で,とても心に残っている言葉たちがある。それが最後の部分だ。以下。

傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕を抱え、包むこと。さらなる傷を負わないよう、手当てをし、好奇の目からは隠し、それでも恥じないこと。傷とともにその後を生きつづけること。

宮地尚子 「傷を愛せるか」


人生を生きていると,自分の中に見せたくなかったり,
隠したくなる傷というものがあることを自覚する時がある。

そしてそれを受け入れるという行為は,
この世界が自分だけならまだしも,
他者の存在とともに成り立っているのだからそれほど簡単なことではない。

人間は時に他者の凹凸が好きだ。そこに嬉々とした目を向けがちだ。

だからこの本は言う。

その傷を癒やしきれなくてもいい。嬉々とした目からは隠してもいい、と。

自己受容とは「堂々とさらけ出すこと」ではないのだ。

みんなに「私は私のこんな凹凸を心から受け入れています!」と,
そう言えなくたって,行動で示せなくたっていいのだ。

特に最後の一文が優しい。

「過去の傷から逃れられないとしても、好奇の目からは隠し、それでも恥じずに、傷とともにその後を生きつづけること。」

恥じるという行為と隠すという行為は矛盾しないのだ。

隠すことは恥じることではないのだ。


彼女の思考や考えはとても柔らかく,そしてあたたかい。

世界がそんな柔らかく,あたたかい思考で溢れたらいい。

願わくば,傷を抱えた全ての人が
その傷というものをそっと受け止め,包み込んでくれるような誰かに巡り会えたらいい。

そして,僕は誰かにとってのそんな人になれたらいいなと思う。

この人にはこの傷を隠さないでいい。そんな人に。






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