0号目からの富士登山記
2026/7/11-7/12で0号目から山頂まで1人で行ってきた話。それは人の温かさに触れた旅だった
7月10日(金) 前泊
翌日に備えて山梨へ移動。
20:00頃、「Hotel Fuji Matsuyama Base」に到着し、この日は早めに就寝した。
7月11日(土) 0合目から7合目へ
朝7時20分、ゲストハウスを出発。
街中から見える富士山を見ながら、「本当にあそこまで歩いて登るのか」と少し緊張しつつ気合いを入れる。

途中でおにぎりを買い、北口本宮冨士浅間神社へ。
無事に帰ってこられるようお参りをして、いよいよ吉田口登山道へ向かった。
最初の登山道は想像以上に大変だった。


足元は石や木の根が多く歩きづらい上に、木々の間は風がほとんどなく、とにかく暑い。着ていた服は汗でびっしょりになった。
中の茶屋
8時18分、中の茶屋へ到着。
本当は焼印を押してもらいたかったが、営業時間が9時からだったため断念。少し休憩だけして先へ進むことにした。
休憩していると、ランニング姿の集団が勢いよく走ってきた。
「何か大会でもあるんですか?」
そう聞くと、7月24日に開催される富士登山競走に向けて練習しているとのこと。
年齢を聞くと57歳。
その年齢で富士山を走って登るなんて本当に驚いた。少し話をした後、皆さんはあっという間に走り去っていった。
歩き続けると3合目あたりから空気が涼しくなり、一気に歩きやすくなった。
その一方で階段が増え、脚への負担はどんどん大きくなる。


登山者同士で「頑張りましょう」と声を掛け合いながら登っていると、馬返し付近で先ほど中の茶屋で話したランナーの方と再会した。こういう再会も山ならではだなと思う。
佐藤小屋

途中、何度も同じ女性登山者と抜きつ抜かれつを繰り返しながら歩き、ようやく5合目の佐藤小屋へ到着。
「やっと着きましたね。」
そんな言葉を交わしながら、一緒に達成感を味わった。
400円のポカリは、この日一番おいしい飲み物だった。
小屋で飼われているインコも撮影させてもらい、ご主人とも少し話をした。

「6合目の富士スバルラインとの合流地点で木札がもらえるから、ぜひもらっていきな。」
そう教えていただく。
2026年から入山料が4,000円になった影響で、富士登山競走の練習をしている人は6合目付近で折り返す人が多いそうだ。
6合目
事前決済していたQRコードを見せ、無事に木札を受け取った。
ここからは富士スバルラインから登ってきた登山者やツアー客が一気に増える。
0合目では静かな登山を楽しめたが、ここからは一気に富士山らしい賑やかな雰囲気になった。
日の出館
岩場をよじ登ると、予約していた山小屋が見えた。15時頃、8合目の日の出館へ到着。
スタッフの方から、
「ご来光を見るなら21時30分には出発ですよ。」
と言われ、「え、そんな時間に出るの!?」と少し驚いた。
一旦喉を通すため夕食のカレーをいただく。


その後は時間があったので、スタッフの方や他の登山者と話しながら過ごした。
けん玉をしたり、富士山の歴史を教えてもらったり。
山小屋で何気なく過ごした時間が、とても楽しかった。
その後、一人で登ってきたインド出身の女性も到着した。
笑顔がとても素敵な方だった。
18時頃に横になったものの、30分後にはツアー客が到着。
そのまま目が覚めてしまい、結局一睡もできないまま21時30分になった。
深夜の登山
22時、インド出身の女性と一緒に山頂を目指すことになった。
約束していたわけではないが、「一緒に行こう」という流れになり、そのまま出発した。
暗闇の中、ヘッドライトだけを頼りに岩場を登っていく。
「次の山小屋まで行けば着くだろう。」
そう思って登るたび、その先にまた山小屋が見える。
その繰り返しで心が折れそうになった。
夜空には満天の星。
標高が高いため気温も低く、とても寒かった。
彼女はインドにいる彼氏と何度か電話をしていた。
付き合って2年になるそうで、日本時間では深夜でも、向こうはちょうど夕食の時間だったらしい。
8合目を過ぎると、ご来光待ちの登山客で大渋滞。
前に進めない時間が続いた。
睡魔も限界で、立ったまま寝てしまい、列が動くと目を覚ましてまた歩く。その繰り返しだった。
すぐ横は崖。
今思うと危ない状態だったと思う。
山頂、そして剣ヶ峰へ
ご来光の時間になったが、この日は雲が多く、太陽そのものを見ることはできなかった。
それでも雲の隙間から見える景色は本当に美しかった。

そして、ついに山頂へ到着。
景色を見た瞬間、自然と涙が出た。
隣を見ると、一緒に登ってきたインド人の女性も涙を流していた。
言葉はなくても、同じ達成感を感じた。
その時撮ったフィルム⇩

山頂では焼印を押してもらい、扇屋で温かいココアを飲んだ。
冷え切った体に染みるおいしさだった。
彼女は頭痛が出たため下山することになり、ここで別れる。
私はそのまま剣ヶ峰とお鉢巡りへ向かった。
風は想像以上に強く、立っているだけでも体が持っていかれそうになる。
急な坂を登り、日本最高地点へ到着。


そこで御朱印帳を持った男性に話しかけた。
毎年富士山に登っているという57歳の小林さんだった。
「一緒に下山しましょうか。」
そう声を掛けていただき、富士スバルライン5合目まで一緒に歩くことになった。
今思えば、本当にありがたかった。
下山は登り以上に膝への負担が大きい。
一人だったら途中で弱音を吐いていたかもしれない。
話しながら歩けたおかげで、最後まで頑張ることができた
下山
5合目へ着いたのは13時30分。
17時発の新宿行きバスを予約していたが、ダメ元で窓口へ行き、
「15時発に変更できますか?」
と聞いてみた。
すると、快く変更してもらえた。
「何でも言ってみるものだな。」
そう思いながらバスへ乗り込むと、一瞬で眠りについた。
目が覚めると、もう新宿。
19時頃には東京へ戻っていた。
登って感じたこと
今回は高山病を必要以上に恐れず、自分のペースで歩いたこともあり、最後まで体調を崩すことなく登ることができた。
そして今回の登山で印象に残ったのは、景色だけではなく「人との出会い」だった。
富士登山競走を目指すランナーの方、佐藤小屋のご主人、山小屋のスタッフ、一緒に山頂を目指したインド人の女性、そして最後一緒に下山してくださった小林さん。
一人で登ったはずなのに、一人ではない登山だった。
これから先、どこから富士山を見ても、
「あそこを自分の足で登ったんだ。」
そう思える景色になった。
それだけでも、この挑戦には大きな価値があったと思う。
