湯船では営業していません
スポーツクラブのロッカールームでは、インストラクターも普通に同じ場所で着替えている。
当たり前のことなのだけれど、レッスン中の姿を知っていると、なんとなく不思議に感じる。
レッスン開始20分前に来て、テキパキ着替える人。30分以上前に来て、周りの人とコミュニケーションを取っている人。誰とも話さず、ひっそりと気配を消している人。
ロッカールームで見せる姿は様々だ。
レッスンでは元気いっぱいにみんなを引っ張っているのに、普段の様子を見ると、
「もしかして、この人、人見知りなのかな」と思わせる人もいる。
反対に、レッスン中とまったく変わらず自然体の人もいる。
化粧を落として普通の洋服に着替えると、
「あれ……誰だっけ?」
と思うことさえある。
まとう空気が「普通の人」になるのだ。
さっきまであんなにオーラを放っていたのに、すっかり消えている。
心なしか、放っている空気まで小さい。
そして、たまに一緒に湯船に入っていることもある。
ばったり湯船で出くわすと、こちらが内心ちょっと慌てる。
「あ、さっきのクラスのインストラクターだ」と思う。
「お疲れ様でした〜」のあと、湯船を出るタイミングを慎重に見計らう。
でも、相手は普通にお湯につかっている。
当然だ。
インストラクターだってお風呂には入る。
分かっている。
分かっているのだけれど、こちらだけ妙に意識する。
レッスン中のインストラクターの姿は、指示を出す役割だ。
「はい、もう一度」
「次は後ろスタート」
でもレッスンが終われば普通に着替えて、普通にお風呂に入っている。
さっきまでのオーラはどこへ行ったのだろう。
もしかすると、あれは本人のオーラではなく、仕事中だけ掲げている看板なのかもしれない。
「営業中」
スタジオに入ったら看板が出る。
レッスンが終わったら看板をしまう。
そう考えると、私にも思い当たる。
私も仕事中は、何かしら看板を出している気がする。
「営業中」の看板。
パソコンを開けば看板が出る。
仕事が終われば、看板をしまう。
ロッカールームでインストラクターのオーラが消えているのを見ると、「ああ、この人も仕事が終わったんだな」と思う。
こっちが素なのだろうと。
レッスンの外では、ただの人。
私も仕事の外では、ただの人。
そう考えると、少し気が楽になる。
ただし、湯船でばったり出会ったときだけは、こちらが勝手に「インストラクター対応モード」に入ってしまう。
向こうは完全に閉店しているのに、私だけ営業再開である。
