一年に一度の贅沢を、今年はみんなで。
少し遅く始まった朝の光の中で、昨日の記憶がゆっくりと、でも鮮やかに蘇ってくる。
昨日の午後、会社を早退した。
オフィスを出た瞬間に空がゴロゴロと鳴り響き、私は雨を避けるように足早に駅へと向かった。少し慌ただしかったあの時間が、まるでこれから始まる特別な旅へのプロローグだったかのように思える。
今日は、我が家の毎年恒例となっている一大イベント。長野県辰野町へ、蛍を見に行く日だ。
「どうか雨に降られませんように」
そんな願いを胸に抱きながら、私たちは車を走らせた。
義父が遺してくれた、何もない贅沢
辰野の蛍は、亡くなった義父が、まだ息子が小さかった頃からずっと連れてきてくれた思い出の風景だ。
豊かな山々に囲まれ、とうとうと流れる天竜川。水が清らかで、どこまでも のどかな田舎の景色が広がっている。ホタル祭りの時期を除けば、駅前だって静かで、驚くほど何もない。
けれど、その「何もなさ」こそが、私にとっては最高に魅力的なのだ。
そして、辰野を訪れるもう一つの、外せないお楽しみが天竜川の鰻。
この地域の鰻は、炭火でじっくり焼き上げる関西風。お箸を入れると、皮がパリッと香ばしく、身はふっくら。これぞ一年に一度の、最高に贅沢なご褒美だ。

義母と挑む、はじめての車椅子ドライブ
今年の旅には、大きな「メインミッション」があった。それは、義母を一緒に連れていくこと。
めっきり歳を重ねた義母は、最近どこへ行くのも億劫になってしまい、誘っても断られてばかりだった。けれど、「今年こそは、あの景色をもう一度見せてあげたい」と思い立ち、車椅子を借りて思い切ってチャレンジすることにしたのだ。
久しぶりの遠出のドライブ、そして慣れない車椅子の操作。
道中は「大丈夫だろうか」と内心ハラハラし通しだったけれど、そんな心配は杞憂に終わった。車窓からの景色を眺める義母の顔に、久しぶりの笑顔が浮かぶ。「来てよかった」――その一言だけで、胸がじわっと熱くなった。
前夜祭の静寂に、舞い踊る光
今年の辰野の蛍は、例年に比べると少し少なめだった。
それでも、夜の帳が下り、20時を過ぎた頃から、ぽつり、ぽつりと、闇の中に小さな緑色の光が増え始める。
幸運だったのは、昨日が「ホタル祭り」が本格的に開催される前夜だったこと。
混雑を極めるお祭りの本番とは違い、人もそれほど多くない。おかげで、慣れない車椅子でも周りに気兼ねすることなく、ゆっくりと、無理なく蛍の光を追いかけることができた。
確かに、数は少なめだったかもしれない。
けれど、静かな夜の闇の中で、義母と、家族みんなで並んで見上げたあの儚い光のまたたきは、数なんか関係ないくらい、私たちの心に深く、優しく灯り続けている。

