作詞作曲歌唱:俺 (10年ぶり)
意味不明な経緯で曲を作ることになったのですが、気が付いたら10年ぶりの新曲でした。
何でそれで曲できんねん
さて、できました。曲が。何の前触れもないですが。
それでは聞いてください、「カラダに逆ピース」#オリジナル曲 pic.twitter.com/VynFUWRPbI
— まき (@caramelmakinote) August 24, 2026
6月頃に友人から「俺がドラムやるからスタジオでセッションしよう」とLINEが来て、「この人ドラムできないのになんでスタジオ入るんだろう」と思ったんですね。だから、「せめて何も曲がないと事故る、だから課題曲作らせて」と言ったんです。
しかし、1ヶ月放置してしまい、さすがに弁明するためにコメダに入りました。「しばらく曲作ってないから、いったん、何も考えずにリハビリのために何曲か作らせて」と。「曲は俺が書くから歌詞は考えてね」とも言った気がするんですが、2時間あれこれ喋って解散しました。
後から思い返したとき、あの日何を喋ったか全く思い出せないのに、彼が「カラダに逆ピース」と言ったことだけは妙に頭に残ってたんですね。「よし、じゃあこのワードだけで曲作ったらウケるやろ」「で、それシティポップにしたろ」それが後に続く1ヶ月の修行の始まりでした。
モテたくて始めたギター
高校2年の時でした。ギターとベースをやっているクラスメイトがそれぞれいて、羨ましい!俺もやってみたい!と思ったのが、ギターを始めたきっかけです。最初は1曲をコード弾き通すのに1ヶ月かかるくらい苦戦しましたが、気付けばパソコンに打ち込んで曲作りを始め、ボカロに歌わせて二コ動に載せるなど、なんだかんだ友人たちに見せたくて10曲くらいは作った気がします。
そして、高卒後に働いていたのですが、クラスメイトから(彼は冗談のつもりだったのですが)「一緒にバンドやろうよ」とTwitterで言われ、仕事を辞めます。話すと長くなるんですが、バンドマン人生の幕開けです。

最初はブルーハーツ好きで繋がったメンバーとパンクバンドでボーカルをやりました。地元シーンでは(2回目のライブでベースのアンプを倒してスタッフに胸ぐら掴まれるなどが話題になり)そこそこ好調でした。メジャーデビュー前のゲスの極み乙女。、indigo la end、go!go!vanillasなどとそれぞれ同じライブに出演させていただいたことがあります。
バニラズさんは7年後、渋谷のTSUTAYAで偶然新曲キャンペーンに来てたところに遭遇し、お話させてもらったことがありました。「今はバンドやってないの?」と聞かれ「今はやってないです」「そうなんだ」とやりとりしたことが今でも少し悔しく思います。

そのバンドは自主製作でCD2枚出したあとに解散します。そして、エレカシ・スピッツ・UKロックなどに影響を受けた歌ものバンドを、高校のクラスメイトと改めて結成します。こちらも作詞作曲をして、ギターボーカルでした。総じて4年くらいオリジナルバンドやってたんですかね?地元のコンテストで賞をもらったことがあり、いい曲だねと言われることもあったのですが、解散します。自分のプライベートの変化や、メンバーの進路なども重なり、めっきり音楽をやめてしまいました。
自分には向いてなかったかも
さて、そこから金髪バンドマンをやめて真剣に会社員として社会に擬態しようともがいた何年間があるのですが、変に音楽理論やギター・ベースの演奏はできるので、ずっと自分の曲を作りたいとは思っていました。
しかし、メロディと歌詞だけ考えればあとはバンドメンバーにそれぞれのパートを考えてもらえてたのとは違い、1人ではうまくアレンジができないことに気付きます。会社員のままバンドを組もうかと考えたこともありますが、自分が音楽をやっていた街から離れてしまい、ツテもなく、代わりにどんどんアイドルに傾倒します。
気付けば、自分が音楽をやっていたことすら自意識から抜けていきました。たまに発起して曲を作ろうとはするのですが、1番まで作って完成まで熱が続かずにいました。かつて軽音サークルやバンドコミュニティにいたことは大きくて、共同体の中でなら自然と制作のサイクルが回っていたのが、音楽的にインターネットひとりぼっちマンになった自分にとって、その車輪を漕ぐにはどんどんギアが重くなっていったのです。
そして、最後に曲をフルサイズで完成させてから10年近く経過します。かつて同じサークルにいたバンド仲間はメジャーデビュー、タワレコのポップになっていて、ヤフーニュースでも見かけました。とても嬉しいけど、少し複雑な気持ちになったのも事実です。
制作動機:ボケたい
さて、話は戻ります。「セッションしようぜ」と言った友人もギターを嗜んでおり、出会ってから2年、かつて冗談で「バンドでもやる?」と言っていたのが、本当に共同制作することになりました。いや、彼は「カラダに逆ピース」としか言っていません。
しかも更に言うと、彼は本当は「カラダにギャルピース」と言っていたらしいのです。聞き間違えてなかったとて意味不明という感じですが、自分の中では続きの歌詞が浮かんで浮かんで仕方なく、なぜか分かりませんが少し叙情の匂いがある恋愛ソング的な歌詞ができました。
ただ、動機が「何でそれだけで曲作ってきてんねん」「なんでこれがシティポップになんねん」というボケをしたいだけだったので、内容はひどく適当です。
サイゼに入って (family restaurant)
そのあとガストに行くのは
食べ過ぎているよ やめたほうがいい
あくまで主人公は本気で相手のことを心配しているのですが、詩の世界観は聞き手をほとんど振り落とすような感じになったと思います。
へぇ、曲って作れんじゃん
では、なぜそれだけで1曲完成できたのか?
ひとつはAIです。独学でDTM(デスクトップミュージック)に挑戦しても、未知の要素が多すぎて、音符は並べたけど音がしょぼく聞こえるとか、ドラムってこの音とこの音同時に鳴っていいんだっけ?とか、知らないことがありすぎて、バンドで各メンバーに演奏してもらうのとは話が違うレベルで難しいのです。
でも、今はつまずいたら個別具体にAIに尋ねれば「シンセの音で迫力を出すためには…」と何時間でも講座を開いてくれるのです。これがなかったらきっと、代わりに人間が同じ時間ぶん講座を開く必要があったので、なんとか完成できました。作曲2日・作詞3時間・編曲4週間かかりました。「シティポップにしたかった」ので、80年代の曲をサブスクで聞きまくって研究したりもしました。
もうひとつは友人の存在です。
18歳の頃からの知り合いで、未だに連絡取っている友人が東京に来たんですね。彼は今でも音楽も映像もバリバリやっていて、中華料理屋で熱く今後の野望を語っている姿に触れ、しかも「センスはあるんだし、技術は後から追いつくんだから、そこそこ人に見てもらえるものを作れると思うんだけどなぁ」と言ってくれました。というか、ずっと言ってくれています。
かつて、「マクドナルドで」で転調する、環境問題について歌ったメロディアスなネタ曲を作ったことがあったのですが、未だにそれをネタとしてこすっていて、しかもその曲を、一緒に東京に来た知らない友人に勧めては、その友人もめちゃくちゃ笑ってくれたんです。
ああ、そういえば自分、こうやって何かを作るのが楽しかったし、こうやって何かを作っていますというアイデンティティの人だったな、というのを長らく忘れていました。
みんなありがとう
セッションしようと言われたこと、中華料理屋で熱く語った夜のこと、すべてこの6月の出来事でした。そして、思い返すのは、「未だにあの時のCD聞いてます」と言われたこと、東京にライブをやりにきた当時の後輩に「早く曲聞きたいです」と言われたこと。そのすべてが今ここに結実しました。
感想としては「え、やろうと思えば曲って作れるんじゃん」「もっと早くやればよかったじゃん」です。
みんなありがとう。そしてほんまごめん、歌詞だけが意味不明で。
それでは聞いてください、「カラダに逆ピース」#オリジナル曲 pic.twitter.com/VynFUWRPbI
— まき (@caramelmakinote) August 24, 2026
