「塾に行く」――長男が初めて自分で決めた日
内申点が5点足りなかった。学校の先生には「考え直した方がいい」と言われた。
それでも息子は志望校を変えなかった。そして合格した。
この話を書こうと思ったのは、この逆転合格が「旅育の成果だったかもしれない」と気づいたからです。
1. 「やる気がないなら、塾は意味がない」
長男の受験期を振り返ると、「本人のやる気に任せる」という私のスタンスが、良くも悪くも大きく影響していました。
実は私自身、これまでの人生で一度も塾に通ったことがありません。進学校でみっちりしごかれ、自学自習で地方国立大に現役合格した経験から、**「勉強は、本人が納得して取り組まない限り、いくら環境を与えても意味がない」**という、徹底的に合理的な価値観を持っていました(冷めている、とも言う)。
「本人が嫌がるのに塾に押し込めても、時間とお金の無駄でしょ」
そう考える私に対し、塾に通って受験を乗り切った夫は真逆でした。
「男子はとにかく塾に放り込めば、周りに刺激されてやるようになるもんだ!」
「いや、本人のスイッチが入らなきゃ車輪は回らない」と、ただ静かに息子を見守っていました。
長男なりに机に向かってはいるけれど、点数は上がらず、内申点も伸びない。塾にはいきたくない。
親としてモヤモヤは募りますが、「勉強しなさい」と無理やり押し込むのは何かが違う。ただ信じて見守るしかない、もどかしい日々でした。
2. 私自身も、余裕はゼロだった
実はこの時期、私自身も中小企業診断士二次試験の2回目という大きな壁に挑んでいました。診断士試験は1次合格の有効期限が2年。ここで落ちれば、また1次試験からやり直しという「後がない」状況です。
正直、自分の勉強で精一杯。もちろん子どもの進路の方が大事ですが、心のどこかで「自分も戦っているんだから、あなたも自分の足で立って」と、息子に投影していたのかもしれません。
3. 10月、突然の「意思決定」
中学生最後の駅伝大会が終わった10月。ようやく部活を引退した長男が、定期テストを終えてポツリと言いました。「……塾に行く」
正直、よぎったのは「え、今から入れるの!?」という驚きでした(笑)。
ムリやり「行かされる塾」ではなく、彼が自分で「必要だ」と判断して選んだ道。
本人が内発的動機——自分の中から湧き出るやる気——で動いたとき、初めて車輪が回り出す。
旅先で自らルートを探す時と同じような目をした息子を見て、私は腹を括り、全面的に彼の自律に賭けることにしました。
4. 挫折、そして「外部コンサル」としての母の出番
自分で決めた私立高校に挑戦したものの、結果は不合格。
落ち込む姿を見るのは辛かったですが、ここからが本当の戦いでした。
公立入試まで残り約1か月。
私は「母」であると同時に、**診断士として培った戦略ノウハウをすべて提供する「外部コンサルタント」**になることを決めました。
診断士が企業支援で使う「現状分析・資源の最適配分・PDCAの高速回転」を、そのまま受験に転用する作戦です。
ここからの1ヶ月、私が投入した「受験ハック」は以下の通りです。
環境構築: 過去問をすべてスキャンし、即座に「解き直し」ができる体制を整備
見える化: 点数推移をExcelで管理し、成長と課題を可視化
弱点分析: ミスノートを作らせ、失点パターンを特定
資源配分: 1日の学習量をタスク化し、本人が「やり切れる量」に調整
そして、得意な英語だけは、私が過去問を全問解き、独自の解説を彼に行いました。
5. 診断士の学びが、英語の解説に活きた
診断士試験で叩き込まれた**「論理的思考」「原因特定力」「解法プロセスの言語化」**。これが驚くほど英語の指導に役立ちました。
単に答えを教えるのではなく、「なぜこの選択肢はバツなのか」「本文のどこに根拠があるのか」を、息子が納得できるまでロジカルに説明する。
押し付けではなく、プロの道具を「必要な時に差し出す」という伴走。
この絶妙な距離感こそ、旅育で育った彼の「自律性」を一番に尊重できる形だったのだと思います。
6. 「やめておけ」と言われた志望校へ
私立不合格の後、長男が選んだ公立の志望校。
しかし学校の先生からは、「内申点が5点以上ビハインド、考え直した方がいい」と告げられました。
当時の成績は中の中でした。
親としても正直、揺れました。でも、塾の先生はひとこと。
「当日点で取れます。このまま行きましょう」
私はその言葉を信じることにしました。
内申という「過去の積み上げ」ではなく、「当日、何点取れるか」。
診断士的に言えば、既存の資源より、これから生み出す成果で勝負する判断です。
そして本番。難化した理科で、満点でした。
実はこれ、偶然ではありません。
Excelで点数を可視化していた結果、理科が明確な弱点として浮かび上がっていました。直前期はそこに資源を集中投下。
苦手な天体が出題されなかった運も重なりましたが、
「弱点を特定し、集中的に手を打つ」という戦略が、本番でそのまま結果に出たのです。
しかも愛知県の公立入試は、内申点の比重が比較的大きい仕組みです。
そのビハインドを当日点で覆したのですから、これは本当にすごいことでした。
先生に「無理だ」と言われた壁を、自分の力で越えたこと。偏差値表には残りませんが、彼の中に確実に刻まれたはずです。
7. 掴み取った合格、そして「旅」へ
結果、長男は第一志望の公立高校に合格しました。
旅が子どもに何を与えるのか、正直まだ答えは出ていません。
でも、あのだらだらしていた家での姿からは想像できない、最後の爆発的な集中力を見たとき、私は確信に近いものを感じました。
それは、偏差値や内申点といった「既存のモノサシ」だけでは測れない、彼の中に眠っていた**「生き抜く力」**でした。
これから少しずつ、この力がどうやって育まれたのか、これまでの「旅」の記録とともに綴っていこうと思います。
ちなみに、この受験期を支えた我が家の「タイムマネジメント」や「逆境を楽しむ力」の原点は、2年間に及ぶ怒涛の史跡遠征にあります。 2〜3歳の娘まで連れ回した、狂気の記録はこちら。
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旅育の糧にさせていただきます。ありがとうございます。