なぜ弱者は救われないか
結論から言う。
私は、弱者が救われにくい理由の一つは、弱者同士では支援に必要な資源を生み出しにくいからだと考えている。
少し冷たい言い方に聞こえるかもしれない。
しかし、この問題を考えるとき、私はどうしても綺麗事を言う気になれない。
人間は優しい。
それは本当だ。
だが、人間はそこまで優しくない。
それもまた本当だ。
様々な哲学者が語ってきたように、あるいはラッパーのRalphの歌詞にもあるように、人間は孤独にだけは耐えられない生き物である。
だから人は理解を求める。
苦しい時ほど、自分と似た誰かを探す。
強者は弱者を理解できない。
少なくとも、そう感じることは少なくない。
だから弱者を理解できるのは弱者だけだという考えが生まれる。
私はその感覚を否定しない。
むしろ、かなり正しい部分があると思っている。
しかし問題はそこから先だ。
理解することと救うことは、全く別の話なのである。
精神的に追い詰められた人間同士が集まったとする。
互いの苦しみは理解できる。
涙も流せる。
共感もできる。
だが、その集団から生活費は生まれない。
住居も生まれない。
精神科の予約も取れない。
就職先も見つからない。
厳しい言い方になるが、共感だけでは何も解決しない。
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