真理の輝き(Veritatis Splendor)による典礼の解放 《ベネディクト16世『愛の秘跡』の正統性・真善美の再統合と「美の道(Via Pulchritudinis)」》 02
第2章:形而上学的・教父学的基礎 真善美の超絶規定
第1節 問題の所在:真理と美の分離
第2バチカン公会議後の典礼改革において、最も深刻な問題の一つは、真理(Verum)、善(Bonum)、美(Pulchrum)という超絶規定(Transcendentalia)の分離であった。この分離は、単なる美学的問題ではなく、典礼の存在論的基盤そのものの崩壊を意味する。なぜなら、トマス・アクィナスの形而上学において、美は存在そのものの輝き(splendor)であり、真理の可視的顕現だからである。
ベネディクト16世は、この問題を鋭く指摘している。現代の典礼改革における「機能主義」は、典礼を「理解可能性」と「司牧的実用性」という基準で評価し、その結果、典礼の超越性と美を「前近代的虚飾」として退けてしまった(1)。しかし、ベネディクト16世が繰り返し強調するように、「美は典礼において任意的なものではない。それは単なる美学的原則や好みの問題ではない。むしろ、典礼はロゴスの秩序を顕現するものである」(2)。
この章では、トマス・アクィナスの美学における「明瞭性(Claritas)」、アンリ・ド・リュバックの秘跡神学における「象徴と実在」の統一、そしてベネディクト16世の「ロゴスの優位性(Primat des Logos)」という三つの神学的柱を検討する。これらを通じて、典礼における美が、いかにして人間を「真理の輝き(Veritatis Splendor)」へと導き、真の自由をもたらすかを明らかにする。
ここから先は
32,788字
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
