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第7章:神々を残した文字も、海を越えてきた —— 渡来人と記憶のうつわ

前回はこちらです。

前回は、ツクヨミを見た。

語られない月の神

三貴子の一柱でありながら、不思議なくらい静かな神

語られないことは、消えることと同じではない。

そう読んでみた。

その流れで、次は渡来人の話に進もうとしている。

ただ、いきなり渡来人と言うと、少し教科書っぽくなる。

何年ごろに来たのか

どこから来たのか

どんな技術を持ってきたのか

もちろん、それは大事だ。

でも、今回いちばん引っかかっているのは、そこではない。

古事記や日本書紀は、日本の神々の物語を伝えている。

けれど、その物語は漢字で記されている。

日本の神々の記憶が、外から来た文字によって残された。

考えてみると、これはかなり不思議なことだ。

神々だけではない。

海を越えたのは、人だけでもなかった。

文字が来た。

技術が来た。

暮らしの見え方も、少しずつ変わっていった。

今回は、渡来人そのものを一気に語るというより、海を越えてきた人々と文字が、日本列島の記憶をどう変えていったのかを見てみたい。


1. 日本の神々は、外から来た文字で残された


古事記も日本書紀も、日本の神々の物語を伝えている。

イザナキとイザナミ
天照
スサノオ
ツクヨミ
大国主
国譲り
天孫降臨

そこには、日本列島の古い記憶がある。

そう思って読んでいた。

けれど、ふと立ち止まる。

その物語は、漢字で記されている。

日本の神々を語るために、外から来た文字を使っている。

列島の古い記憶を残すために、海の向こうから来た文字を使っている。

これは、考えてみると不思議だ。

外から来たものが、内側の記憶を壊したわけではない。

むしろ、外から来た文字がなければ、今の私たちはその神々の物語をここまで読むことができなかったかもしれない。

もちろん、文字にされた時点で、物語は変わる。

口で語られていたものを文字にするということは、何かを選び、何かを整え、何かを落とすことでもある。

そのまま保存されたわけではない。

でも、文字になったから残ったものがある。

外から来たものは、いつの間にか、内側の記憶を残す器になっていた。

そう考えると、少しぞくっとする。


2. 文字が来る前にも、記憶はあった


文字が来る前に、何もなかったわけではない。

むしろ、文字になる前の方が長い。

人は語っていたはずだ。

祭っていたはずだ。

土地の名前を呼んでいたはずだ。

山を見て、海を見て、川を見て、そこに何かを感じていたはずだ。

文字がないから、記憶がないわけではない。

ただ、文字がない記憶は、残り方が違う。

声で残る
儀礼で残る
地名で残る
身体の動きで残る
年中行事で残る

誰かが語らなくなれば、薄れていく。

場所が変われば、形も変わる。

私はそこが少し怖くもある。

古い記憶は、ずっとそのまま残るわけではない。

語る人がいて、聞く人がいて、場所があって、季節があって、ようやく残る。

それが文字になると、残り方が変わる。

忘れにくくなる。

遠くまで運べるようになる。

後の時代の人にも届くようになる。

でも同時に、文字に入らなかったものは落ちる。

整えられたものだけが残る。

書かれたものだけが、強く残ってしまう。

古事記や日本書紀を読むとき、そこは忘れない方がいい気がする。

文字は、記憶を残す。

でも、記憶を整えてしまう。

外から来た文字は、神々を残した。

同時に、神々の語られ方を変えた。


3. 海を越えてきた人々がいた


文字だけが、ひとりで海を越えてきたわけではない。

そこには人がいた。

大陸や朝鮮半島から、日本列島へ渡ってきた人々がいた。

渡来人。

この言葉を使うと、どうしても「外から来た人たち」という感じが強くなる。

それは間違いではない。

でも、そこで止まると少しもったいない。

渡来人は、外から来て、外のままでいた人々ではない。

列島の中に入り、暮らし、働き、混ざっていった人々でもある。

彼らは、いろいろなものを持ってきた。

金属器
土器
農耕の知識
工人の技術
文字の知識
祭祀や政治に関わる知識

けれど、それらがそのまま日本を塗り替えたわけではないと思う。

そこには、すでに暮らしていた人々がいた。

古い祈りがあった。

土地ごとの記憶があった。

海を見ていた人々がいた。

森と川に生きていた人々がいた。

田んぼを受け入れていく人々がいた。

外から来たものは、そこに重なっていった。

時にはぶつかったと思う。

時には受け入れられたと思う。

時には、名前を変えて残ったものもあったのだと思う。

渡来人を考えるとき、私は「来たか来なかったか」だけでは足りない気がする。

来たあと、どう混ざったのか。

そこが気になる。


4. 技術は、暮らしの見え方を変える


技術が来るというのは、道具が増えるというだけではない。

暮らしの見え方が変わることだと思う。

金属器が入ってくる。

銅剣
銅矛
鉄器

それまでの石や木とは違う硬さがある。

光を返す。

音も違う。

手に持ったときの重さも、きっと違ったはずだ。

道具として使われるものもあれば、祭祀に関わるものもある。

武器にもなる。

権威を示すものにもなる。

金属器は、海の向こうから来た技術が、目に見える形になったものの一つだったのだと思う。

それを初めて見た人は、何を感じたのだろう。

便利だと思ったのか。

怖いと思ったのか。

美しいと思ったのか。

神に近いもののように感じたのか。

そこまでは分からない。

でも、見え方は変わったはずだ。

土を耕すこと
木を切ること
戦うこと
祀ること
飾ること
人をまとめること

技術は、ただ作業を楽にするだけではない。

人が世界を見る目を変える。

だから、渡来人が持ってきたものを「技術」とだけ呼んでしまうと、少し軽くなる気がする。

それは、暮らしの感じ方そのものを変えるものだったのかもしれない。

海を越えてきたものは、人だけではなかった。


5. 渡来人は、外から来た異物だったのか


渡来人という言葉には、少し距離がある。

外から来た人たち。

こちら側ではない人たち。

そういう響きがある。

でも、長い時間で見ると、外から来たものは、いつまでも外のままではいない。

人もそうだ。

技術もそうだ。

文字もそうだ。

最初は外から来たものでも、使われ、混ざり、受け継がれていくうちに、内側のものになっていく。

漢字もそうだと思う。

もともとは中国で生まれた文字だ。

それが朝鮮半島を経て、日本列島でも使われるようになる。

そして、日本の神々の物語を残すためにも使われる。

外から来た文字が、いつの間にか日本の神々を残す器になる。

このねじれのようなものが面白い。

渡来人も、同じように見られるのかもしれない。

外から来た人々

でも、やがて列島の中に混ざっていった人々

新しいものを持ち込みながら、古いものの上に重なっていった人々

日本列島は、何か一つの純粋な色でできているわけではない。

古い層がある。

海の向こうから来た層がある。

文字の層がある。

技術の層がある。

信仰の層がある。

その層が重なって、後から「日本らしさ」と呼ばれるものが見えてくる。

そう考えると、日本らしさという言葉も、少し違って見える。


6. 秦氏や徐福へ急ぎすぎない


海を越えてきた人々を考え始めると、すぐにいろいろな名前が浮かぶ。

秦氏
漢氏
百済系の人々
新羅系の人々
高句麗系の人々
そして、徐福

ここから先は、かなり面白い。

特に秦氏は、気になる。

稲荷
機織り
秦河勝
聖徳太子
京都
渡来系氏族

名前を並べるだけで、いろいろな道が開きそうになる。

徐福もそうだ。

中国から不老不死の薬を求めて海を渡ったという徐福伝説は、日本各地で語られている。

海の向こうから来た人の物語として、かなり魅力がある。

でも、ここで急ぎすぎない方がいい。

秦氏を、いきなり特定の遠い宗教や民族と結びつけない。

徐福を、確実に日本へ来た人物として扱わない。

渡来人の話を、すぐに日ユ同祖論のような話へ飛ばさない。

ロマンは、急ぐと少し安くなる。

まずは、確かな杭を打つ。

人が来た
技術が来た
文字が来た

そして、神々の記憶は文字になった

そこまでを見ておきたい。


7. 日本らしさは、混ざったあとに生まれるのかもしれない


日本らしさという言葉を聞くと、つい古くから変わらないものを想像してしまう。

昔からずっと続いてきたもの

外から影響されていないもの

純粋に日本だけで生まれたもの

でも、本当にそうなのだろうか。

このシリーズを書きながら、だんだんそう思えなくなってきた。

海があった。

森があった。

川があった。

田んぼが入ってきた。

太陽の神が中心になった。

海の神は荒ぶった。

出雲の神は祀られることで残った。

月の神は語られないことで余白を残した。

そこに、人が来る。

技術が来る。

文字が来る。

外から来たものは、外から来たまま終わらない。

内側に入り、混ざり、形を変え、いつの間にか「日本のもの」になっていく。

神もそうかもしれない。

文字もそうかもしれない。

技術もそうかもしれない。

日本列島は、外から来たものをただ拒んだ場所ではなかった。

そのまま受け入れただけの場所でもなかった。

混ぜた。

重ねた。

祀った。

物語にした。

私は、そこに日本列島のしぶとさのようなものを見る。

純粋だから強いのではない。

混ざっても壊れなかったから、残った。

そういう見方もできるのかもしれない。


8. 次は、教えも旅をした


ここまで、人と技術と文字を見てきた。

でも、海を越えてきたものは、それだけではない。

教えも来た。

仏教
儒教
道教
陰陽五行

方位
祈りの作法
死者の弔い方
政治の考え方

そうしたものも、海を越えて日本列島に入ってくる。

そして、それらは日本の神々とぶつかり、混ざり、やがて神仏習合のような形になっていく。

神社と寺が、今のようにきれいに分かれていた時代ばかりではない。

神と仏は、長い時間、日本の中で重なっていた。

だとすれば、次に見るべきなのは、そこだと思う。

神々だけでなく、教えも旅をした。

外から来た教えは、日本列島でどのように混ざり合ったのか。

次は、仏教や儒教や道教、そして神仏習合の記憶へ向かってみたい。

人類の移動から日本神話までをたどるこのシリーズは、こちらのマガジンにまとめています。

参考にしたもの

国立歴史民俗博物館「文字がつなぐ-古代の日本列島と朝鮮半島」

国立歴史民俗博物館「古代日本 文字のある風景-金印から正倉院文書まで」

https://archive.rekihaku.ac.jp/exhibitions/project/old/020319/index.html

東邦大学「弥生時代人の古代ゲノム解析から渡来人のルーツを探る」


大阪歴史博物館「連続講座 渡来人いずこより」

佐賀市「徐福伝説」

https://www.city.saga.lg.jp/material/files/group/19/s32047_20120521010337.pdf



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