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日々俳句鑑賞358 「雨つのる伊賀の李の昔かな」 加藤楸邨

梅雨の雨がしだいに勢いを増してゆく。その雨の中に立つ李の木を見つめながら、作者は「昔」に思いを馳せている。

「李」はすもも。夏仲の季語であり、ちょうど梅雨の頃に実を結ぶ。古く中国から渡来した果樹で、その来歴そのものが長い時間を背負っている。

掲句の中心にあるのは、何よりもまず「伊賀の李」である。遠い昔に海を渡り、この地に根を下ろした李は、幾世代もの人々を見送りながら、今年もまた雨の中で実を結んでいる。その姿には、土地の歴史と風土に溶け込んだ深い時間が感じられる。

伊賀といえば芭蕉の故郷でもある。芭蕉は中国の漢詩文を深く学び、その精神を俳諧の中に生かした俳人であった。中国で生まれた李が伊賀の土に根づいたように、中国で生まれた漢詩もまた海を渡り、芭蕉の精神の中に根を下ろしたのである。

すると雨の中の李は、単なる果樹ではなくなる。その木の来歴の中に、中国から日本へと受け継がれてきた文化の流れまでもが重なって見えてくる。

下五の「昔かな」が受け止めるのは、一つの過去ではないだろう。李が渡来してきた遠い昔、芭蕉が生きた昔、そしてこの土地に積み重ねられてきた無数の昔。それらが梅雨の雨のように静かに降り募り、作者の胸を満たしているのである。

「雨つのる」の措辞も印象深い。降り募るのは雨だけではない。李の木に宿る時間もまた、雨音に呼び覚まされるように作者の中へ流れ込んでくる。

一本の李の木から、土地の歴史、文化の伝播、そして悠久の時間へと思いを広げてゆく。楸邨らしい奥行きを備えた一句である。


『合本俳句歳時記第五版』(角川書店)より

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