日々俳句鑑賞137 「階段が無くて海鼠の日暮かな」 橋 閒石
一見して意味のつかみにくい句である。
だが語を一つ一つ質感として捉えてゆくと、景がゆっくりと立ち上がる。
海鼠。冬の季語。ぬらりとし、重く、暗く、冷たい。
海鼠壁──黒く光を鈍くはじく、つるりとした外壁の肌理。
「海鼠の日暮」と置かれたとき、この質感は日暮に浴びせられ、冬の日の夕暮れに重苦しい冷たさを帯びさせる。
海鼠は日暮を立体化するための比喩的な素材となり、
階段もまたそのための装置にすぎない。
「階段が無くて」という違和感の提示。
下へ降りるべき場所に階段がない――
日暮れどきの、冬特有の心の沈みをどこへ落としてよいかわからないような、
その微かな不安と戸惑い。
そこへ「海鼠の日暮」。
重く、冷たく、湿り気を帯びた、光の行き場のない冬の日暮れの手触りがじわりと広がる。
秋の「寂しさ」の日暮れではない。
冬の、光も気温も気分も、どこへも下降してゆけず滞るような日暮れ。
階段の不在、海鼠の質感、そして日暮れ。
一見取り合わせのようでいて、
すべてが「ある冬の日の重く沈む日暮れ」を描写するための道具立てとなっている。
橋閒石らしい、物の配置の奇妙さで心理の手触りを浮上させる一句である。
覚えておきたい極めつけの名句1000
角川学芸出版編 (角川ソフィア文庫)より
