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高齢親vs子

人間誰しも・・・お金持ちの人もお金のない人も優しい人も悲しい人もセレブの人もセレブじゃない人もみんな同じように歳をとる。

自分の親ももちろん自分自身も同じように年齢を重ねていく。

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最近、あまり仕事でのことは投稿していなかったけど、還暦を過ぎた今でも相変わらず仕事は続けている。

最近、立て続けに訪問看護の仕事の中で親の介護に一生懸命な方に沢山お会いした。

娘さんも息子さんもそれぞれ本当に一生懸命。
なんならご自分の人生の殆どを親に捧げている方も何人かいらっしゃる。

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以前にもつぶやきで書いたことがある親子は、
認知症のお母様を何年も介護されている独身のお子様。
ご自分はスーパーの安いお惣菜を買ってお母様には高いお刺身を毎日のように買っている。この何年間かの介護中に外食しに行ったのはほんの数回。
全てお母様に捧げている人生。
ご自分も色んなところに行って楽しめたらいいですねとお伝えすると「自分がどこかに行ったり、ショートステイに行かせても母が気になってしまって楽しめないんだよね」と言われていた。

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ご両親とも介護が必要な状況で、見守りカメラをあちこちに設置し、ずっとご両親を観ていて、お子様が指示していたことと違うことをしているとすぐに電話をして注意をされているお子様。認知症もおありなのでお子様の指示通りにいかないことも多々あり、そこをなんとか手伝って欲しいと看護や介護に依頼を求められる。「もう、子供がいちいちうるさいんだよ」とカメラを切ってしまう親御様。

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同じようにご両親が認知力低下しているのでなんとか自立させようと必死なお子様。到底そこは自立できないと言うシーンも〝親に自分でさせることが大事!〟とのモットーのもとに叱咤激励をされる。
医療的な管理がいろいろ必要な方だったけど結局お二人で暮らすには難しい状況だった。お子様は、医療従事者だった。患者さんなら冷静な判断ができたと思うけど、家族だからこそ…。

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寝たきりの90歳代の親御様をなんとか歩かせたいと必死に手すりに捕まらせて歩かせようとするお子様。「寝かせてよー」と親御様は何度も言われる。危なすぎる光景。

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骨折後も親御様はなんとか自分で生活できているけど、心配でたまらない息子様は毎日のように看護師にご自分の仕事の休憩時間に電話をかけて来られるお子様。お子様の心配が親御様にも伝染し、お二人で不安でいっぱい。

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90歳代の親御様のお子様は、毎日、沢山の種類の料理を準備されていたり、できるだけリハビリをやって欲しいと言われている。当の親御様は「子供には叱れるけどもうこんな歳なんだからそんなに食べれないし、動けないよね。看護師さんはどう思う?」と苦笑。

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親子の関係が逆で高齢の親が半身不随のお子様を見ているパターンもあり、その方もご自分お楽しみは置き去りにしてお子様に捧げている方もいる。

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上記のように親御様のことを思って一生懸命なお子様たちもいれば、その逆も然り。

車椅子でようやく動く父と認知症の母の二人暮らしでも親が入院した時に医療者側から連絡してようやく登場するお子様もいらっしゃる。

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高齢ご夫婦で奥様は認知症のかた。お子様は他県に住まれていて、ご自分の生活も大切にされながら自分のできる範囲で様子を見にきてくれているかたもいる。

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こんな感じで親子でも色んな関係性がある。

こうやって色んな方を客観的に見せていただいていると我が身を振り返る良い機会にはなっている。

自分自身のことを思うと、私は、どちらかというと心配症なので、今までは前者のパターンに近かったと思う。(最近は心配症は卒業)。

私の高齢の両親は、何百キロも離れたところに住んでいる。
帰省も年に1〜2回程度。
ほったらかしの娘っぽくみえてるかもしれない(笑)
こう見えても毎日、ちょいちょい見守りカメラはチェックしている。
家族LINEでも1日に1回はやり取りしている。

以前は、見守りカメラに写っている様子で心配なことがあると、見守りカメラを見ていなくてもなんだか心配だったり。心配なことについても親にいろいろ言っていた気がする。でも最近は、あまり言わなくなった。私も成長中。

先月帰省した際にヨロヨロ歩いている親が転ばないように3箇所に手すりをつけてきた。
入浴介助も何度かして、改善した方がいい点がいろいろ見えてきたので浴槽の手すりの位置を変えたり、浴槽内に滑り止め加工はあったけど滑って中々立ち上がれなかったので敷きマットを設置したり、浴室をでたところに手すりもつけた。

親が気になっていたと言うカーテンの洗濯や窓掃除もした。
妹も一緒に帰っていたので一緒に空き部屋の断捨離と大掃除もできた。
とりあえず安全な環境を整えて、またこちらに戻った。

病院の受診にも何度か一緒に行ってきたけど、高齢の親が2人で長い時間、あちこちの検査に行ったり、大病院で待たされるのも本当に疲労感がハンパないなと実感できた。私が疲れてるなら高齢の親はもっと疲れているはず。

かといって自分の生活を全て捧げる必要もない。
そもそもそんなことを親は望んでいないと思う。
親だって自分が子供の負担になることは誰しも望んでいないはず。
程よいバランスでサポートできたらいいなと思っている。
ここぞと言う時にはこちらを引き上げて帰る心づもりもあるし。
先々のことを用意周到に考えすぎなくても自然とそんな流れになっていくだろうと思う。

そうなるようになっているのだから。

医療機関や介護の現場にお願いできるところはお願いするのもいいと思う。
うちも訪問リハビリを利用したりデイサービスを利用させてもらっている。

でも帰省時には私がマッサージしたりリハビリをしたりする。
それで「やっぱりにゃむのが気持ちいいわー、全然違う」とうまいこと褒めてくれてこちらも調子にのりいい時間を過ごす。
そんなんでいいかなと。

私には、きょうだいが3人いる。我がきょうだいは、できる人ができる時にできることを!と言うスタンスが自然にある。
「もっと、してよー」とか、誰かに求めることもお互いにない。誰かが何かやってくれてたらありがたいー!と〝感謝〟

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お客様たちにも色んな親子の形があり、みんな同じ形にまとまる必要もないけど、みんながゆるっと力が抜けている状態だといいなぁとは思う。

一人っ子だから自分が全てしなくっちゃ!とか気負いすぎたりせずに。
できる範囲でできる人がする。
家族だけに限らず。
制度もうまく利用していく。

冒頭に書いたように誰しも歳をとっていく。
歳を重ねると腰も曲がっていき筋力も弱っっていく。色んな機能が変化していく。
でもそれは自然な経過。
ちょっと悲しいと思うかもしれないけど、歳をとっても20歳のようにピンピンしていた方がホラー。
変化していくのはある程度、予測できる。
予測した分より元気だったらその部分にありがたいなぁと感謝すればいい。

親が還暦だった頃を覚えているけど、その数十年後には、今の親みたいな形になっていると言うことを親が見せてくれている。
対策も楽しみながらたてればいい。
「恐れ」が主体で動かないように。

親が子供にする心配のエネルギーは、黒いタールのようだと聞いたことがある。その逆も同じ。
心配ということは「恐れ」がベース。

いずれ自分にも「死」は当たり前にやってくる。
老化だって絶賛経験中!
でも死も老化も凄く自然な経過なので「悪」ではない。
子供側の不安や恐れを親に向かって放出してしまうと何倍にもなり、違う形で届いてしまうような気がする。

そうなると双方があまり幸せそうに見えない。
良かれと思って放出しているのに皮肉な結果・・・。

私自身も親にあーだこーだ言ってしまいそうになる瞬間がある。
そんな時にふっと我にかえり、

「あ、自分のエゴだな」と気づく。

自分が正しいかどうかなんてわからないのに。
看護師なんて職業は、親の介護のことについては自分がきっと正しいって思いがちだけど最近は、そうでもないような気がする。
きょうだいから意見を言われて、確かにーと思うこともいろいろある。
年齢を重ねてちょっとだけ謙虚になれたか(笑)
自分自身の安心のためにエゴが頑張る。

他人に「それはあなたのエゴですね」と言われたらなんだかモヤっととするかもしれない。
「ちょっとちょっと何様?」って(笑)

でも
自分で気づけば、「あ、また、エゴさんかいな・・」と笑えてくる。

ゆるっといっとくね〜。


〝生の長ネギ1本を〟  気になる〜



親と食べに行った海鮮ドーン




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