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働き方をゆるめたら、「ノイズ」まで楽しめる自分に戻れた|三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

先日、三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を再読しました。

最初に読んだのは、前職で働いていた頃。
どの書店でも、バーン!と陳列されていました。

それは今もですね。
書店で、三宅さんの写真を見ない日はない。

本が好きなのに、読めない。
読みたい本はたくさんあるのに、疲れている。

そんな状態だったので、惹かれて購入しました。
面白かった記憶は、ちゃんとあります。
でも今回、読み返してみて気づきました。

わたし、中盤までの「労働と読書の歴史」、結構忘れているな……。

たぶん、当時は「なぜ読めないのか」の答えだけ、急いで受け取りたかったんだろうなぁ。

でも、働き方をゆるめた今はちょっと違いました。
答えには直接つながらない歴史も、寄り道も、どれも面白い。

同じ本を読み返したことで、気づきました。
戻ってきたの、読書時間だけじゃなかったなって。


「こんなに面白かったっけ?」

この本では、明治時代から現代まで、働くことと読書の関係が辿られていきます。

戦前から平成までの読書史を読みながら、わたしは祖父や両親のことを思い出しました。

そういえば、
実家に「現代日本文学全集」があったなぁ、とか。
書斎にずらっと並んだ背表紙のこととか。

時代によって、読書に求められるものは違います。

教養を得るため。
社会で生きていくため。
娯楽として楽しむため。

その変遷を読んでいるうちに、自分の読書についても考えました。

わたしはずっと、

「ためになるかなんて、どうでもいいじゃない」
「ただ、楽しいだけの読書でいいでしょ」

と思っていました。

それは、自分の中から自然と湧いてきた、個人的な読書観だと思っていたんです。
でも、この本を読むと、そうとも限らないらしいと分かり……。

自分の中から生まれたと思っていた気持ちが、実は社会と密接につながっている。
それを知るのが、めちゃくちゃ面白かったです。


知識には、「ノイズ」がある

今回、とても印象に残ったのが「情報」と「知識」の違いでした。

この本では、知識には情報だけでなく「ノイズ」が含まれると語られています。
「ノイズ」とは、他者や歴史や社会の文脈のこと。

欲しいものだけが、すぐに手に入る「情報」。
対して「知識」は、周辺までくっついてくる。

この考え方に、めちゃくちゃ納得しました。

インターネットで検索すれば、知りたいことの答えはすぐに出てきます。

でも、子どもの頃はそうじゃなかった。

学生の頃、わたしは、国語便覧や社会の教科書を、授業とは関係ないところまで読むのが好きでした。

知りたかったことの隣に、知らないことがある。
そこからまた別のページへ行く。

あの頃は、知識を得ること自体が楽しかった。

そう考えていたら、今関わっている子どもたちのことも少し思い出しました。

わたしは今、放課後の子どもたちを見守る仕事をしています。

道端の枝や、ダンゴムシをいつまでも眺める子。
駅名から漢字を覚えていく、電車好きの子。

その時間が、将来何の役に立つかは分かりません。
でも。

「これ、なんだろう」
「もっと知りたい」

そんな気持ちから、知識は蜘蛛の巣のように広がっていくのかもしれない、と感じました。

そして、子どもだけの話じゃないなぁ、とも。


「ノイズ」を楽しめるわたしに戻れた

初めてこの本を読んだ頃。
時間と気力のほとんどを、仕事に使っていました。

小説を読みたい気持ちはある。
でも、仕事から帰ると本に手が伸びない。
それより、スマホを開いて、悩みを一気に解決してくれそうなページばっかり見ていました。

そんなときに、

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

なんて本を読む。

そりゃあ、答えが欲しかったと思います。

なぜ、わたしは本が読めないのか。
どうすれば、また読めるようになるのか。

自分に必要なものを、本から受け取りたかった。

でも、今回は違います。

明治〜大正時代の読書事情も面白い。
戦前の労働者たちが何を読んでいたのかも面白い。
労働が変わっていくにつれて、自己啓発書の中身も変化していくのも面白い!

今のわたしが「働き方をどうするか」という問題に、直接答えてくれるわけじゃありません。

でも、面白いんですよ。
知らなかったことを知るのが、ただ楽しい。

「あれ?」と思いました。

わたし、ノイズを楽しめるようになっているって。

「半身で働く」を選んだ、その先で

この本の最後には、「半身で働く」という考え方が登場します。

全身全霊で仕事に打ち込むんじゃなく、仕事以外の自分も残しておく。

初めて読んだ頃、この考え方に惹かれました。

働き方をゆるめたい。
仕事もしたいけど、ゆったり暮らしたい。
本を読んだり、お茶を飲んだりする余裕がほしい。

もちろん、この一冊だけを理由に、働き方を変えたわけではないですが。

いろいろなことが重なって、仕事する時間を、前より減らしています。

その状態でもう一度、この本を読みました。

すると、以前はあまり記憶に残らなかった読書史に立ち止まって、わたしのことを思い出しました。
実家の本棚や、国語便覧が好きだったことを。

知りたかった「情報」だけじゃない。
そこからどんどん横道にそれていきました。
それが、ものすごく楽しかった。

働き方をゆるめたことで、増えたもの。
それは、単純な「読書時間」だけじゃなくて。

知らなかったことに立ち止まったり、そこから別のことを考えたり。
ノイズを楽しめる心の余裕が、戻ってきたんだ。

役に立つかどうかも、何を得られたかも、今はそんなに大事じゃない。
知らないことに出会って、あちこち寄り道して。

こんな時間を持ちたくて、わたしは働き方をゆるめたのかもしれないなぁ。

「豊かだなぁ」と呟きながら、お茶を飲む。
急ぎたくなくて、いつもより時間をかけて読む。

ゆったりした時間を取り戻せてうれしくなった、二度目の読書でした。

📖 📖 📖

このnoteでは、
「最近、本を読めていないなぁ……」という人へ、
「久々の一冊」を紹介しています。

もしよければ、覗いてみてください。

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