日本版スターリンクと「自前で持つ」ことの本当の意味
あなたのスマホが災害の日に繋がるかどうか?
それを決めるのが「外国企業のトップ一人」だとしたら、どう感じますか?
「ウクライナの利用を遮断する」。2025年、イーロン・マスク氏が衛星通信スターリンクを巡って実際に言及した言葉です。
半導体材料に10年以上携わる現場から、「インフラを自前で持つ」ことの本当の意味を今日はお話しします。
この記事でわかること

第1章|国が3年で1500億円。日本が「自前の衛星」を持ちにいきます

まず、何が起きたのか。数字で話します。
総務省が衛星との直接通信事業に、3年間で計1500億円を補助
対象は楽天グループの連合(出資先の米ASTスペースモバイルと組む)
2026年中に日本で衛星事業の新会社を設立する方針
楽天がすでに使っている700MHz帯で、スマホと衛星を直接つなぐ
衛星コンステレーションとは、たくさんの小型衛星を低い軌道で連携させて、地上を面でカバーする仕組みのこと。
地上のアンテナが届かない場所でも、空から直接スマホに電波を届ける!
そしてもう一つ、見逃せない事実があります。 この補助事業に手をあげたのは、楽天連合だけだったもようです。
それだけ巨額で、それだけリスクが大きい。国が背中を押さないと、民間だけでは踏み出せない領域だということです。
第2章|能登では、すでに命綱でした。ただし「借り物の」命綱です
「衛星通信なんて、自分には関係ない」と思うかもしれません。
でも実態は違います。
2024年の能登半島地震。通信ケーブルが寸断され、スマホが使えない地域が広がりました。
そのとき応急的に投入されたのが、米スペースXのスターリンク。
通信各社から合計1000台近い機材が被災地に無償提供され、ケーブル復旧までの命綱になりました。
つまり日本は、すでに一度「災害時の通信」を海外の衛星に助けられています。
ありがたい話です。でも、ここで立ち止まって考えたい。
あの日繋がった通信は、日本のものではありませんでした。 借りられたから、助かった。
もし借りられなかったら?
スターリンクは今や軌道上に1万機を超える衛星を持ち、160カ国以上で契約者1000万人を超える巨大インフラです。
強い。強すぎるほど強い。だからこそ、次の章の話が重要になります。
第3章|なぜ自前にこだわるのか。「蛇口を他人に握らせない」ためです
冒頭の話に戻ります。 2025年、マスク氏はウクライナでのスターリンク利用の遮断に言及しました。
ロシアとの早期和平に応じるよう圧力をかけたとされています。
ここが本質です。 どれだけ高性能でも、どれだけ便利でも、蛇口を握っているのは向こうです。
経営方針が変われば、サービスの条件が変わるかもしれない
災害時に「うちの回線を貸してほしい」と頼んでも、断られるかもしれない
国と国の関係次第で、通信そのものが交渉カードにされるかもしれない
水道に例えるなら、こういうことです。
蛇口をひねれば水が出る生活は快適です。でもその蛇口の元栓が隣の家にあって、隣の家の機嫌次第で閉められるとしたら。それは「水がある生活」ではなく「水を止められない ことを祈る生活」です。こんなに怖いことはないですよね!
総務省が「日本版スターリンク」の育成に動いたのは、この元栓を自分の手に取り戻すためです。
経済安全保障という難しい言葉の中身は、突き詰めればこれだけです。
第4章|半導体の現場は、この恐怖を毎日生きています
実はこの「一極依存の怖さ」、私の仕事の世界ではずっと前から日常です。
最先端の半導体を大量に作れるのは、事実上、台湾のTSMC一社だけ。
TSMCとは、世界中の企業から設計データを預かって製造を引き受ける、世界最強の半導体メーカーです。世界のスマホもAIも、この一社に頭脳の製造を頼っています。
以前、熊本で地震が起きたときのことです。 揺れの2分後には、もう電話が鳴りました。
「設備は大丈夫か」「供給は止まらないか」。 2分です。それくらい、一社に依存する側は常に張り詰めています。
営業の現場でも、お客様からの要求は年々はっきりしてきました。
「この材料、御社以外からも調達できる体制にしてほしい」
「一社購買はリスクなので、必ず第二の調達先を確保したい」
いわゆるBCP、事業継続計画です。どんなに信頼している相手でも、一本の綱にはぶら下がらない。それが災害と地政学リスクを経験した産業の結論です。
TSMCが熊本に工場を作ったのも、国が巨額を投じてそれを支えたのも、構造は今回の衛星と同じです。
「台湾でしか作れない」状態を少しでも分散させる。 衛星も半導体も、答えは一つなんです。 大事なものほど、置き場所を一つにしない。
第5章|あなたのスマホから「圏外」が消えます。ただしタダではありません
これ、遠い話ではありません。
衛星とスマホが直接つながるようになると、山間部でも、離島でも、海の上でも、今お使いのスマホがそのまま繋がるようになります。
「圏外」という表示自体が、過去のものになっていく可能性があります。
登山中の遭難時に、自分のスマホで救助を呼べる
台風や地震で基地局が倒れても、家族と連絡が取れる
船の上や山あいの実家でも、普通に電話ができる
一方で、正直な話もします。
衛星の打ち上げにも、地上設備にも、巨額のお金がかかります。1500億円は国の補助、つまり元をたどれば税金ですし、サービスが始まれば通信料金のどこかに反映されていく可能性もあります。
そして最後に一つだけ。
私の本業の話を。 衛星も、それを制御する地上局も、あなたのスマホの衛星対応チップも、中身は半導体のかたまりです。
空のインフラ競争は、そのまま半導体の需要になって地上に降ってきます。この流れは、熊本の現場にいても確実に感じます。
第6章|「便利かどうか」ではなく「誰が握っているか」で見てください
今日、ここだけ分かればOKです。
インフラのニュースは「便利かどうか」ではなく「蛇口を誰が握っているか」で見る。
これだけ頭の片隅にあれば、通信も、半導体も、エネルギーも、食料も、ニュースの見え方が変わります。
「日本版スターリンクなんて、スターリンクの真似でしょ」で終わらせるか。 「日本が元栓を取り戻しに行った」と読むか。
同じニュースでも、受け取れる情報量がまったく違います。
ただし、「だから海外のサービスを使うな」という話ではありません。 借りられるものは借りればいい。
ただ、いざという時に自分の手元にも一本ある。その状態を作るために、国と企業が1500億円を賭けた。私はこのニュースを、そう読みました。
知らないまま過ごせば、便利さの裏側の綱引きに気づけません。 知っていれば、次のニュースが自分ごとになります!
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