愛情のコップ


愛情のコップ
愛情には、コップがある。
目には見えないけれど、
人の心のどこかに置かれている。
小さなコップ。
大きなコップ。
ひびの入ったコップ。
何度水を注いでも、
すぐに空になってしまうコップ。
水がほしい。
注いでほしい。
愛されたい。
認められたい。
ここにいていいと、
誰かに言ってほしい。
見捨てないでほしい。
安心できる場所がほしい。
誰かが、静かに水を注いでくれる。
一滴。
また一滴。
空っぽだったコップに、
少しずつ水が溜まっていく。
温かい。
これが愛情なのかもしれない。
これが、
自分の居場所なのかもしれない。
そう思うと、
喉の渇きが少しだけ消えていく。
けれど、怖い。
いつか水がなくなるのではないか。
いつかコップを取り上げられるのではないか。
いつか、 「もう、あなたには注がない」 と言われるのではないか。
愛されることが嬉しいのに、
愛されることが怖い。
満たされたいのに、
満たされるほど失うことが怖くなる。
だから、ときどき確かめたくなる。
この人は、
どこまで水を注いでくれるのだろう。
どこまでこぼしても、
また注いでくれるのだろう。
コップを傾ける。
少しだけ。 水がこぼれる。
それでも、 また注いでくれる。
もう少し傾ける。
また水がこぼれる。
それでも離れていかない。
安心する。
けれど、その安心の中に、
別の恐ろしさが生まれる。
もっとこぼしても、
この人は残ってくれるのではないか。
もっと試しても、
見捨てないのではないか。
愛情を確かめるために、
愛情をこぼしてしまう。
そんな矛盾が、 心の中にある。
本当は水がほしいだけだった。
喉が渇いていただけだった。
こぼしたかったわけではない。
失いたかったわけでもない。
ただ、 空っぽになるのが怖かった。
だから、注いでほしかった。
けれど同時に、
こぼれ落ちてほしくなかった。
愛情のコップは、 不思議な器だ。
満たされれば安心する。
満たされれば満たされるほど、
失うことが怖くなる。
そして人は、 大切な水を守ろうとして、
そのコップを自分の手で揺らしてしまうことがある。
水がこぼれる。
床に落ちる。
もう戻せない。
それを見つめながら、
本当はただ、
飲みたかっただけなのだと気づく。
愛されたかった。
認められたかった。
見捨てられたくなかった。
安心できる場所に、
ただ座っていたかった。
コップを揺らさずに。
水をこぼさずに。
静かに、 喉の渇きを癒したかった。

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