「看護師なら一生食べていける」は、間違いだったのか?
看護師になった理由なんて、そんなに立派なものじゃなかった。
「一生ものの資格があれば、食いっぱぐれないだろう」
それくらいの気持ちだった。
看護師なら、仕事に困らない。
病院はいくらでもあるし、資格があれば働く場所も選べる。
少なくとも、
「仕事がなくて生活できない」
という未来にはならないだろう。
そして実際、それは間違っていなかった。
看護師資格は一生ものだし、
臨床に戻ろうと思えば、今でも戻れる。
仕事を選ばなければ、看護師はかなり安定した仕事だと思う。
だから私は、
「これで一生食べていける」
という安心を手に入れたつもりでいた。
でも、あとになって気づいた。
「一生食べていける」と
「一生この働き方を続けられる」は、
ぜんぜん同じじゃなかった。
看護師なら、確かに食べていける
一番忙しかった外科病棟を思い出す。
47床の病棟で三交替。夜勤は3人。
術直後の患者さんもいる。
受け持ちは20人近くになることもあった。
夜間の緊急入院が入ることもあれば、急変もある。
不穏の患者さんがいれば、その対応にも追われる。
深夜に出勤すると、
ナースステーションに車椅子の患者さんが座っている。
「あら、おはよう」
なんて声をかけられる。深夜に。
それが私にとっての夜勤の日常だった。
「夜勤=患者さんが寝ているから静か」
そんなイメージを持っている人もいるかもしれない。
でも、夜中でも点滴は交換するし、
時間になれば与薬もある。
検温や状態確認、
体位変換、おむつ交換、
トイレ介助。
眠れない人もいる。
急変だってある。
翌日の検査や点滴の準備もある。
その合間に、
昼間には手が付けられない
サマリー作成や看護計画の評価・修正などの業務もある。
自分なりに優先順位を考えて動いていても、
ナースコールひとつで予定は簡単に崩れる。
しかも、相手は人間。
「たぶん大丈夫」では済まされない。
そうやって一晩を終えて、
夜勤手当を含めた給料をもらう。
もちろん、看護師の給料は悪くない。
仕事にも困らない。
だからこそ、私は
「恵まれているんだから」と思っていた。
でも、疲れ切った頭の中で、
何度も同じことを考えるようになった。
「私、いつまでこれを続けるんだろう?」
病院を辞めても、戻りたい場所はなかった
「今の病院が合わないだけかもしれない」
そう思って、次の職場にサ高住を選んだ。
病院じゃない。
介護スタッフもいる。
ここなら、今までとは違う働き方ができるかもしれない。
そう期待していた。
でも、実際に働いてみると、
やっぱり毎日バタバタだった。
始業30分前には出勤して
情報収集と内服薬の準備。
環境整備をしながら、吸引が必要な人、
検温や状態観察が必要な人の部屋を回る。
朝につながれた経管栄養を回収して、
戻ったら昼前の血糖チェックとインスリン注射。
昼の経管栄養。
また吸引。
午後も同じように仕事が続く。
そこに体調を崩した人への対応、
訪問看護との引き継ぎ、
往診医への対応。
サ高住とはいえ、
状態の良くない人も多かった。
看取りもあった。
数ヶ月しか働いていないのに、
想像していたよりずっと多くの看取りを経験した。
そして、試用期間で退職した。
仕事を辞めてから、しばらく何もしなかった。
失業保険をもらいながら、本当に何もしない。
そこで初めて、
自分がバーンアウトしていたことに気がついた。
そして
このときにはもう、はっきりしていた。
私は臨床に戻りたくなかった。
臨床なら、すぐにでも働けることは分かっていた。
求人もある。
看護師資格もある。
働こうと思えば、働ける。
それでも、戻りたくなかった。
だから、何もしたくなかったのだと思う。
「仕事を選ばなければ食べていける」の、その先
そこで私は初めて、
「看護師以外の働き方」を考えるようになった。
それまでの私にとって、
看護師資格がある。
↓
看護師として働く。
↓
仕事に困らない。
それが「安定」だった。
安定を求めるなら臨床に戻ればいい。
この考えは今でも、ある意味では変わらない。
看護師は、仕事を選ばなければ食べていける。
でも私は、その「仕事を選ばなければ」という言葉を、あまりにも当たり前のものとして受け入れていた。
企業に入って、初めて「普通」を知った
その後、私は縁あって企業で働くようになった。
そこで、少しずつ違和感を持つようになった。
有休を取る。
残業したら残業代がつく。
仕事中にケガをしたら、労災という仕組みがある。
公休の希望も出せる。
もちろん、企業だって大変だと思う。
デスクワークだから楽だと言いたいわけでもない。
私が知らない苦労も、たくさんあるだろう。
でも、看護師しか知らなかった私には、かなり大きな違いだった。
そして、一番引っかかったのが給料だった。
デスクワークで働いている人が、
私が夜勤をしていた頃と同じくらい、
あるいはそれ以上の給料をもらっている。
夜勤をしていない。
前残業も強いられていない。
それでも、収入は私が必死に働いていた頃と大きく変わらない。
その現実を知ったとき、
「……あれ?」
と思った。
私が「看護師だから仕方ない」と思っていたことって、世の中では本当に仕方のないことなんだろうか。
夜勤をする。
前残業をする。
残業しても、自分の要領が悪いせい。
有休を取るにも周囲の状況を気にする。
公休ですら、希望できる日が限られている。
職務中にケガをしても自己責任。
自分の身は自分で守るしかないように感じる。
そういう環境で働くことを、
私はずっと
「看護師なんだから、そんなもの」
と思っていた。
でも、外に出てみたら、
「いや、そんなものじゃない働き方もあるんだ」
と知った。
そして正直、
ちょっとバカバカしくなった。
私が夜勤をして、
前残業をして、
体力も気力も削って働いて。
それでようやくもらっていた給料と、
まったく違う働き方をしている人の給料が、
それほど変わらない。
もちろん、仕事の価値は給料だけでは決まらない。
看護師の仕事に意味がないとも思っていない。
むしろ、あれだけ大変な仕事だからこそ、誇りを持って働いていた。
だからこそ、
「じゃあ、私は何を基準に『安定』だと思っていたんだろう」
と考えるようになった。
「安定」の意味が変わった
「看護師なら一生食べていける」
これは、やっぱり間違いではないと思う。
仕事を選ばなければ、看護師は安定している。
私自身、その資格に何度も助けられてきた。
臨床に戻ろうと思えば戻れる。
それは今でも、私にとって大きな安心だ。
ただ、私は
「食べていけること」と
「安心して働き続けられること」を、
同じものだと思っていた。
でも、違った。
仕事があること。
給料があること。
それだけじゃない。
ちゃんと休めること。
働いた分の対価が支払われること。
仕事中に負傷したとき、会社として対応する仕組みがあること。
そして、
「この働き方を、この先も続けられる」と思えること。
それも、長く生きていく上での「安定」なんじゃないかと思う。
「看護師なら一生食べていける」は、本当だった。
ただ私は、その言葉を、
「一生、看護師として働き続ける」
と同じ意味にしてしまっていた。
でも、違った。
看護師資格があるからといって、
臨床で働き続けなければいけないわけじゃない。
臨床に戻れる。
でも、戻らなくてもいい。
資格を使ってもいいし、
使わなくてもいい。
看護師として積み上げてきた経験を、
別の場所で使うことだってできる。
企業に出て初めて、私はそんな当たり前のことを知った。
それまでの私は、
「看護師を辞めるか、続けるか」
の二択しか持っていなかった。
でも本当は、
その間にもっとたくさんの選択肢があった。
だから今、私が考えているのは、
「看護師を辞めるか、続けるか」ではない。
「私は、どんな働き方なら、この先も自分の人生を守りながら続けていけるんだろう」
ということだ。
臨床なら、すぐにでも働ける。
でも、私は戻らなかった。
その代わりに、看護師ではない世界に出てみた。
そこで初めて分かった。
一生食べていけることと、
一生安心して働けることは、同じじゃない。
看護師資格は、
私の人生を縛るためのものじゃなかった。
「困ったら臨床に戻れる」
その選択肢を持ったまま、別の道を選んでもいい。
これは看護師だけではなく、全ての人に通じることだと思う。
道は一つじゃない。
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そもそも私は、なぜ「看護師を辞めたい」と思うようになったのか。
その話は、以前こちらに書きました。
企業で働いて初めて知った「普通」については、以前の記事でも詳しく書いています。
私が実際に企業の健康管理室に採用されたときに、看護師として当たり前にやっていた経験を、どう「企業で評価される言葉」に変えたのかについては、こちらの記事にまとめています。
転職9回、臨床20年以上の私が「看護師経験は病院の外でも武器になる」と伝えたい理由
