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〈きのこ交換物語〉(上)



僕の傘ひとつあげるから
きみのもひとつ頂戴よ

私は筍の子よ
竹から生まれたから
生きてきてこの方きのこなんて
一度も触ったことないの

ごめんなさい
彼女の口からは弱々しく精一杯の
情けの声が聞こえてきた

コンビニエンスストアで買えるよ
彼は思っていたよりもずっと
爽やかな声を出して彼女へと問う

今のところ、コンビニにはきのこも筍の子も
両方売っている
現代はとっても便利なんだ
きみも一度行った方がいい

コンビニへ行く途中、通りの公園へ行く
ブランコに座って誰かがシール交換をしている
夕焼け雲は遠くの空を刺して
まだ一日が終わろうとしているのを告げるかの
ように

貴美子は小学生の声を耳にしながら
足早に急ぐ
真志のきのこの傘は、派手な色
手に取れば私まで染まる
交換と言われたならば
私から差し出せるのは、この身と月の夜の秘密しかないのに
そんな簡単なことも出来ないの
と言わんばかりの真志の鋭い目つき

ついこの間逢ったばかりなのに

夕焼け雲は曙色
君の髪の毛は胡桃色
君の唇は紅梅色をした、嘘つき

瞳の奥は、薄墨色の若さを感じて

筍の子なんて、本当は知らない
どこか遠くからやってきて
気付いたらここにいたの

筍の里は
あの山の向こう
貴方のきのこは確かにここに
立派に育っている

私の声は
あの山の向こう
貴方の傘は誰かを救うため
それとも奪うためにあるの

私は聞かない

急いでコンビニエンスストアの入り口に立つ
ちりりりん
風鈴のような音と共に
冷たい風が貴美子の頬を撫でる
あっ涼しい
「きのこと筍の里買ってこいよ」
思い出した。私あの日、彼氏に言われて
雨の中家を出たあと気を失った
気付いたら真志くんがいた。
犬のような、潤んだ瞳で興味深そうにみていた

傘を差し出してくれた
「大丈夫ですか、痛くないですか」って。
私慌てて大丈夫です。って答えたのだけど
滑って転んで
すべて忘れていたの

「打ちどころが悪かったのですね」
そう言って真志くんは、
雨の雫で濡れた肩を下げながら
小さなポケットからハンカチを出した。
なんだかとてもよく覚えてないのだけど
優しさだけがほんのり、広がって
受け取ったハンカチは、
小さく濡れていた。

「ありがとう」
私は精一杯の明るさで
「お名前は?」と彼に聞いた。
「真志と言います」

「この近くに住んでいます。」
彼の言葉はハ長調のように
甘く掠れたモスキートーンを鳴らして雨に溶けていく

「良ければ、うちに来ませんか」

「お家、お邪魔してもいいかしら」


つづく
(975字)


「僕の傘ひとつあげるから、きみのもひとつ頂戴よ」雨に溶けるモスキートーン、夕焼けに染まる嘘。記憶の空白を埋めるのは、優しさか、それとも。#note



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