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自然堤防とは? by カイチョ

「堤防」と聞いてまず思い浮かべるのは、洪水を防ぐために人間が土を盛って築いた人工の堤防だろう。川の両岸にどーんと盛り上がり、その上にはサイクリングロードがや桜並木があったりする。利根川や江戸川の堤防を思い浮かべれば、だいたいそんなイメージだろう。

ところが、堤防にはもうひとつ、ちょっとややこしいものがある。ややこしいのは地図ラー的には魅力的(笑)。それが今回取り上げる「自然堤防」だ。

「堤防」ではあるけれど人間が土を盛って造ったものではない。洪水を繰り返すうちに、川の両側に土砂が少しずつ積もってできた自然地形だ。つまり、自然が勝手に作った堤防のような微高地。これを自然堤防という。

千葉市の母なる都川や、船橋の海老川のような都市河川を見ていると、利根川や江戸川のような大きな堤防はあまり目立たない。もちろん現在は護岸や河川改修がされていて、水害対策はされている。しかし、江戸川や利根川のように、川沿いに大きな自然堤防が発達し、その上に古い集落や街道が連なっている、という景観とは少し違う。

ここが、千葉県の地形を考えるうえで面白いところだ。東葛地域、つまり江戸川・利根川流域は「自然堤防の文化」。一方、千葉市周辺、つまり都川・花見川・村田川流域は「台地と谷津の文化」といえる。ちょっと良い分け方でしょ?ジガジサン…

千葉市周辺の古い集落は、下総台地の縁、谷津の出口、海岸沿いの砂州や浜堤などに発達したところが多い。亥鼻、千葉寺、本町、寒川、稲毛、検見川あたりを思い浮かべても、川沿いというより台地と低地の境目、もしくは海岸地形との関係で見たほうが何となくしっくりくる。

だから、千葉市を拠点にまち歩きをしている僕たちにとって、いちばん身近に「自然堤防らしさ」を感じられる場所は、旧江戸川沿いに発展した行徳と松戸周辺ということになる。

今回は、この2つの自然堤防を中心に話を進めていこう。

自然堤防とは、河川が氾濫したときに、川の水と一緒に運ばれてきた土砂が、河道に沿って帯状に堆積してできた微高地である。洪水になると、川の水はあふれて周辺の低地に広がる。このとき、川からあふれた水は急に流れが弱くなるので、まず重い砂粒が川のすぐ近くに堆積する。洪水のたびにそれが繰り返されると、川の両側に砂まじりの土砂が積もり、ここにわずかに高い土地ができていく。これが自然堤防だ。

自然堤防はそれほど高くない。比高はおおむね数十センチから数メートル程度。幅も数十メートルから数百メートルくらいで、ぱっと見ただけでは高さを感じないことも多い。

しかし、低湿地の中では、このわずかな高さがとても重要だ。川から少し離れた外側には、細かいシルトや粘土が運ばれて堆積する。ここは水はけが悪く、低く湿った土地になりやすい。これを後背湿地という。

つまり、断面で見ると、
後背湿地 ― 自然堤防 ― 河道 ― 自然堤防 ― 後背湿地
という並びになる。

自然堤防は、周囲の後背湿地より少し高く、水はけも比較的よい。そのため、古くから集落や街道に利用されてきた。一方、その外側の後背湿地は水田など農地としてしか利用できないことが多かった。

人々は、少し高い自然堤防の上に住み、その外側の低湿地を田んぼとして使ってきた。川に近いので水運にも便利。しかも洪水のリスクを避けられる。自然堤防は、低地に暮らす人々にとって、まさに「住宅地」だったのだ。

ただし、こうした自然堤防が大きく発達するには、ある程度の規模を持った河川が必要になる。江戸川や利根川のような大河川では典型的に見られるけど、都川や海老川のような小河川では、自然堤防があったとしても小規模で、集落立地を大きく決定づけるようなことは少ない。

千葉県内では、江戸川・利根川沿いのほか、養老川や小櫃川などにも自然堤防らしきものは見られる。ただ、東葛地域ほど大きな生活文化を形づくったものとして見るなら、やはり江戸川・利根川流域が代表格だ。

お待たせしました。では、実際に地図で見てみましょう。


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