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「#創作大賞2026」「#オールカテゴリー部門」#夏の終わり#神社#参道#灯籠#縁#罪#業#輪廻#短篇

 稲穂が垂れ盛り、豊穣の季節秋の気配が近づくにつれて牛たちは様相を崩さざるを得なかった。夕陽を受け秋風に煽られ波打つ黄金の絨毯を目にするたびに、恨めしく憂鬱な気分に陥った。
 茜色の空には、綿飴を敷き詰めたような鱗雲が広がっていた。鱗雲を縫い合わせるようにして、飛行機が縦断していく。
 日を追うごとに、明らかに陽の傾きが早くなってきているのが分かる。自身の影に目をやると、縦に間伸びしていてなんとも無様な格好だった。我ながら情けなくなってしまうが、偽らざるを得ない心情だった。
 受け入れ難い真実の姿を目の前に、互いに慰め合っていた相手とは意志の疎通が叶わなくなってしまっていた。彼女は一足先に長い眠りについてしまい、うんともすんとも答えてはくれなかった。どうにか姿かたちを留めているのは裏参道の数頭のみだが、それも時間の問題だ。仲間たちが次々と眠りにつくのは忍びないが、明日は我が身なのかも知れ無いと思うと気が気では無かった。
 残された牛たちは黄昏どきの侘しさに居ても立っても居られず咆哮を繰り返すが、何の動物の鳴き声なのか判別できないほど惨めな変わりようだった。
 声に出し言葉にすることができれば少しは気が晴れるだろう。だがそれが叶うわけは無く、日々変化する様相がそれを赦してはくれなかった。何度繰り返しても慣れることはなく、気持ちを切り替えるのは容易では無かった。
 季節が移り変わってしまえば言葉どころか意思さえも失ってしまう姿に変貌するのを、ただ手をこまねき受け入れるしか術はないのだ。    
 これからまた、暫くのあいだ沈黙の季節が続くのは無論承知の上だが、改めて思うと血の気が引いた。限られた条件の下とはいえ、器(うつわ)を受け入れることで得られたものは何ものにも変え難く尊かった。
 一年後の夏が訪れるまではただ立ち尽くすのみ、ぼんやりと明かりを灯す存在に成り果てる。秋から冬春を跨ぎ初夏まで眠り続けることになるのだ。
 牛たちは運命を受け入れると、声にならない嘆きの咆哮を何度も繰り返し、残り僅かな時間を慈しむように惜しんだ。


 六月、梅雨の季節は夏の到来を予感させた。しとしと頭上を舐めるような雨に始まり、時に突き刺すように激しく叩きつける雨音が寝ぼけた頭をゆっくりと目覚めさせた。
 電子音と共に甦えるメロディが、薫る東風(トンプー)をより心地よくさせてくれる。
 角から滴る雨粒を目で追うだけでも目覚めを実感できた。頬を伝う涙やこめかみを伝う汗の感触が、なんとも心地良い。
 参道の濡れた石畳みにあたる朝日が反射して眩しく感じられるのは、日差しの角度が高くなっているのに他ならない。
 牛たちにとって待望の季節が近づきつつあるのだ。
 牛の一頭は古典的なSF映画の冒頭、印象的な場面を思い出していた。乗組員が冷凍睡眠から目覚め、宇宙船のコンピューターに話しかける場面だ。
「おはよう」
 言葉を話すだけでも頭が割れそうに痛む。
「おはようございます。キャプテン、ご機嫌はいかがですか?」
「なんて表現したらいいのか、とにかく最悪の気分だよ」
 二日酔いに例えるとしたらいったい何日酔いだ?
「それはお気の毒です。何かお薬を処方しますか?」
「いや、薬は結構」
「では水分の補給を早急に!ミネラルウォーターをご用意します」
 船長は頭を振ると言った。
「いや、できればアルコールを一杯貰えないかな?」
 牛たちは覚醒の瞬間を今か今かと待ち侘びた。ぼんやりと目の端に映る色とりどり花は紫陽花だ。種類や大きさまでは判別できないが、間違いないだろう。葉っぱの上を二匹のカタツムリがそれぞれ違う方向へ向かい這い進んでいた。覚醒を繰り返す度によく見かける光景だ。
 夏祭りの日に、浴衣姿の子供たちが綿飴を片手に参道を駆け抜ける様子が牛の脳裏を過った。
 今年も少しずつだが意志が戻るようになってきて喜び勇んだものの、等間隔に並んだ十二体の牛たちは歯痒い思いをしていた。言葉を話せるようになるにはまだ暫く時間がかかる。人様に姿形がはっきりと認識されるようになることで、それぞれ意思の疎通が以心伝心ように叶うようになるのだから。
 朝は夜明けと共に目覚め夜は本来の使命を全うして眠りにつく、そんな夢のような生活を甘受できると思うと居ても立っても居られなかった。ごく当たり前の生活が牛たちにとってはなんと有難いことか、いやというほど身に染みて分かっていた。
 夏の数日間だけに限られた僅かな命のともし火を、与えられた慈悲の恩恵を、時がくれば僅か数日の間だが心ゆくまで味わい尽くすのみだ。
 七月、梅雨がようやく明けると降り注ぐ木漏れ日を埋めるように、耳をつん裂く蝉の鳴き声が聴こえくる様になる。牛たちにとっては煩いと感じるどころか、むしろ歓迎すべき出来事だった。
 牛の一頭は蝉の種類だけではなく、鳴き始める順番も把握していた。耳を澄ますまでもなく未だアブラ蝉やミンミン蝉、ツクツクボウシの鳴き声ではなかった。
 蝉の中には何を思ったのか牛の角や首筋、後頭部にとまり成虫に脱皮するものまでいた。参道の端にはいくつもの蝉の抜け殻が無造作に転がっていた。彼らの命は成虫になってから数日しかもたない。牛たちは蝉の抜け殻に諸行無常の響きを感じ取り、思わず自分たちの境遇に重ね合わせてしまっていた。
 牛の一頭は蝉の抜け殻を喰んでみたい、という思いに衝動的に駆られた。草とは違い嚙みごたえが違うのは容易に想像できた。
「シャリ、シャリシャリシャリ」 
 八月、時おり吹く熱風に牛たちは心を踊らせた。間もなく待望の季節がやってくるのだ。お腹の底から咆哮を楽しむことができると思うと自然に頬が緩んだ。
 祭囃子が何処からともなく聞こえてくるようになる。夜の闇に提灯が灯され、櫓を囲み盆踊りを楽しむ人々の手には団扇が握られている。
 神殿を取り囲む樹々は夏の日差しを一身に受け緑の陰影を色濃く反映し、コントラストを際立たせ眩しさを感じるほどだ。
 真夏日が当たり前のように続き、酷暑日が混ざり始めると世間は昔ながらの涼を求める。鳥居の前には桶と柄杓が用意されるようになり、申の刻には決まって打ち水がされる。陽炎に参道が揺れるさまが見られるといよいよ待ちに待った瞬間が訪れる。
 神殿前に佇む二頭の牛は参道の沿いの牛たちを尻目に、一足先に会話できる喜びに打ち震えていた。
 第一声はお決まりの咆哮だ。挨拶を交わすように何度か繰り返した。
 会話の始まりは思いもよらない言葉だった。
「手水舎の変わりよう、どう思う?」
「インスタ映え⁉︎とかってやつのことだろう」
 手水舎には色とりどりの花が水面を埋め尽くすように浮かべられていた。菊は勿論のこと、薔薇にパンジー、向日葵、水仙、紫陽花と種類も豊富だ。季節によって花の種類は異なるが、牛たちが目にするの真夏の僅かな間だけだ。
 手水舎本来の目的はどこへやら、浮かべられた花の写真をおさめる輩が後をたたない。なかにはカメラを片手にやってきて、手水舎の写真を収めるとお参りもしないでその場をあとにする始末だった。
「柄杓のない手水舎は、果たして手水舎といえるのかね?」
 右側の牛が言った。
「お前さん言いたいことはよく分かるよ。柄杓の所作ひとつで、その人となりが垣間見えるからね」
「お参りの作法も然り、その様を見るのは楽しみのひとつだったのに残念至極だよ」
 左側の牛も同感して言った。
「そうそう、昔っからお清めは柄杓を使ってやるもんだってお決まりがあったわけだし」
「それにしても、流行り病が原因でこうも様変わりしてしまうとはね」
「まったく、世も末だね」
「くわばら、くわばら」
   二頭は同時に呟いた。
 陰影のない顔から牛たちの表示は読み取れないが、しかめっ面をしていた。
 一の鳥居の並ぶようにたつ縁結びの銀杏の木には新緑が生い茂り、まるで緑の炎が天を焦がすようだった。
 これまた一足先に、表参道に立つ二の鳥居の横に佇む牛二頭は、長く伸びた立派な角を突き合わせるようにして会話を楽しんでいた。
 彼ら二頭だけが他の牛たちよりひとまわり大柄だった。
「なんだか、今年は様子が違うと思っていたよ」
「人通りが少ないどかろか、人気がない」
「七五三も取りやめにするしかないとは、余程ことだからね」
 鳥居の柱には七五三の看板がたてかけてあった。描かれてある着物姿の子どもがなんとも悲しげにみえる。
「神殿をご覧よ、何か気がついたかい?」
「ああ、鈴のことだろう。あれにはたまげたの一言だよ」
 賽銭箱の前に吊るされていた鈴は外され、なんとも言えず殺風景だった。
「鈴の音がして二礼、やや間があって柏手がニ回響く一連の流れがあって手をあわせる」
「神様も鈴の音がない事にとっくに気がつかれてるとは思うけど、最初は何事かと思われただろうね」
「いきなり柏手じゃ、そりゃびっくりしてしまうよ」
「それは、違いないや」
 二頭は目線を合わせると大きく頷いた。
 裏参道ではようやく心待ちにした時が明日にも迫ってきていた。
 翌日、夜明けと共にゆっくりとだが確実に日差しが差し込んできた。十二頭の牛たちは参道の石畳みに映る影に目を見張り、息を呑んだ。
 先頭の牛の一声に続き、まるで輪唱のように咆哮が繰り返された。
 牛の一頭は教会の尖塔に吊るされた鐘の響きを思い描いていた。ゆったりとしたワルツのリズムだ。
「アン、ドゥ、トゥロワ」
 会話が始まれば後は野となれ山となれ、喧々囂々と牛たちは思いの丈を吐き出した。
 牛たちの前世は性別、年齢、職業それぞれ違いはあったものの一つの共通点あった。罪を犯したものたちの魂が、縁あって集わされたのだ。

 樹々の騒めきが台風の襲来を暗示していた。この時期になると偏西風に乗り次々と北上し、列島を縦断し始める。台風が直撃すれば牛たちの頭上には雨粒だけではなく、葉っぱや折れた枝がまでもが否応なしに飛んでくる。さらに秋の長雨も伴い日差しは期待できない。夜になると昼間の蝉にかわり何処からともなくキリギリスやコオロギの鳴き声が聞こえてくるようになる。
 神殿前の牛、鳥居横の牛はすでに眠りについていた。数日遅れで目覚めた十二頭の牛たちは昼夜を問わず別れを惜しみ会話をしていた。
 さて、いよいよ今年も長い眠りにつく日が近づいてきたのだ。残された牛たちが何気なく夜空を見上げると、飛行機雲が星空を真っ二つに分けていた。

「ねえママ、ウシさんがたくさんいるね」
 幼子は地面を指差して言った
「牛さん?」
 夏の日差しをうけ、参道に並ぶ灯籠の影がまるで牡牛のように立派な角を誇らしげに、規則正しく並んでいた。

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