深夜に文章を書くと、言ってはいけないことまで書いてしまう|ハッピーライティングマラソン#55|「書くことは、あなたにとってどんな時間ですか?」
深夜に文章を書くと、言ってはいけないことまで書いてしまう。
昼の私は、もっとちゃんとしている。
言葉を選ぶし、余計なひとことを言わないように気をつけている。
でも、夜が深くなると、その境目が少しずつゆるんでいく。
本当はずっと気になっていたこと。
言わない方がいいとわかっていたこと。
昼間はきちんと隠し通せていた気持ちが、
深夜の机の上では、そのまま顔を出す。
たぶん私は、昼よりも夜の方が少し正直だ。
その正直さは、褒められるものではない。
小さなことにイライラして、自分でもみっともないと思う時もある。
怒りとか、寂しさとか、いらない執着とか。
昼の光の中では見せない本音。
深夜の文章には、それが混ざる。
だから、朝になって読み返すと引くことが多い。
こんなことを思っていたんだ、とか、
こんな言い方をしてしまった、とか。
自分で書いたのに、自分の本音に驚く。
でも、本当に心が動く文章って、
たぶんそういうところから生まれるのかも。
昼に書く文章は整っている。
読みやすくて、まとまっていて、
人に見せても恥ずかしくない形をしている。
でも、深夜にしか出てこない言葉もある。
少し危なくて、少し言いすぎで、
でも、その一文だけがやけに本音に近い。
その一文を引き出したくて、
夜に机に向かってしまう時もあると思う。
もちろん、深夜の言葉をそのまま世に出すのは危ない。
夜の私は、少し信じすぎる。
自分の痛みも、相手の冷たさも、
その瞬間の気持ちの強さで決めてしまうことがある。

だから朝になったら、一度読み返す。
少し距離を置いて、これは本音か、それともただの深夜の傷かを確かめる。
でも、全部を消してしまったら、
文章は急におとなしくなる。
きれいだけれど、どこにも届かないものになる。
だから私は、深夜の文章を少しだけ残したい。
言ってはいけないことを全部消すのではなく、
その奥にあった本当に言いたかったことだけを残したい。
たとえば、
「悔しい」は強すぎても、
「置いていかれるのが怖い」は本当かもしれない。
「もう嫌だ」は言いすぎでも、
「傷ついた」は残していいかもしれない。
そうやって、夜の本音を少しずつ朝の言葉に翻訳していく。
書くことは、そういう作業に少し似ている。
感情をそのままぶつけるのではなく、
でも、なかったことにもせず、
自分の中にたしかにあった熱を、
読める形に置き直していく。
深夜に文章を書くと、言ってはいけないことまで書いてしまう。
でも、それは失敗ばかりではない。
昼の私が見逃してしまう本音を、
夜の私が先に見つけてくれることもある。
だから今の私は、
深夜に書いた文章を少しだけ信じている。
そのままは危なくても、
そこに混ざっていた本音まで、
朝の理性で全部消してしまわないようにしたいと思っている。
だから私は、深夜に書いた文章を少しだけ信じている。
昼の私が見逃してしまう本音を、
夜の私が先に見つけてしまうことがあるから。
言ってはいけないことまで書いてしまう夜がある。
でも、その言いすぎの奥に、
本当に言いたかったことが隠れていることもある。
たぶん私は、それを拾うために書いている。
きれいに生きるためじゃなく、
まだ言葉になっていない自分を、
置いていかないために。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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本田健さんのハッピーライティングマラソンに参加させて頂いています。
「書くことは、あなたにとってどんな時間ですか?」
私にとって書くことは、自分の隠れた本音を吐き出すことかもしれません。
