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自分の気持ちがわからない。本音より正解を探していた、あの頃の話

何が好きか、どうしたいか。
聞かれるたびに本音より先に正しい答えを探していました。
自分の気持ちも本音もわからないまま
正解らしいものを選び続けていた頃の話です。

いちばん遠かったのは自分自身だったのかもしれません。
そんなあの頃を少しだけ振り返ってみます

何が好きか、聞かれると止まってしまう

何が食べたい?どこに行きたい?何したい?

そういう何気ない質問でもすぐに答えが出てこないことがありました。

本音がどこにあるのかわからなくて相手が喜びそうな答えや
その場で正しそうな答えを探してしまう。

「なんでもいい」と言っていたのは
本当に何でもよかったわけじゃなくて
自分でもわからなかっただけだったのかもしれません。

大きなことも、小さなことも
同じように迷っていました。

正解を探す方がずっと早かった

本音を探すより、正解を探す方がずっと早かったんです。

付き合う人を選ぶときもこの人が好きかどうかより
この人と一緒にいることが自分にとっていいかどうか。

仕事もやりたいかどうかより
正しい選択かどうかで決めていました。

判断の基準はいつも自分の外側にあった気がします。
相手の顔色、周りの評価、正しいかどうか。
自分がどう感じているかは最初から選択肢に入っていなかったのかもしれません。

でも実際は、そうやって選び続けるほど自分の感覚から少しずつ離れていった気がします。

自分にも感情があることを知らなかった

今思うと、自分に感情があることをちゃんと感じられていなかったのかもしれません。

嬉しいとか、悲しいとか、怖いとか。
そういう感情はあるはずなのに
それがどこにあるのかよくわからなかった。

感情を感じることよりも正しく動くことの方が大事だと思っていたのかもしれません。

どん底まで落ちてやっと立ち止まれたとき
初めて自分の中にちゃんと感情があることに気づきました。

怒ってもいいし、悲しんでもいい。
嫌だと思ってもいい。
そんな当たり前のことが当たり前じゃなかった時期がありました。

四柱推命から見えてくること

四柱推命を通して感じることがあります。
人によって感情の出し方や、自分の内側と向き合うペースが全然違うということ。

感情を外に出すことが自然な人もいれば
一度頭で整理してから動く人もいる。

どちらがいいとかではなくて自分がどちらのタイプかを知るだけでも
「なんで自分の気持ちがわからないんだろう」という戸惑いが少しやわらぐ気がします。

育ってきた環境やこれまでの経験も重なって
感情を後回しにすることが当たり前になることもある。

そういう背景も含めて知っていくことが自分の感覚に戻っていく入り口になるのかもしれません。

本音は探すものじゃなかった

今は、自分の気持ちを少しずつ確認できるようになりました。

でもそれは、正しい本音を探せるようになった
ということではない気がしています。

今日、何が心地よかったか。
何が少し引っかかったか。
何を食べたいと思ったか。

そういう小さな感覚をひとつずつ拾っていく。

それを繰り返していくうちに少しずつ自分の感覚が戻ってきたように感じています。

本音はどこかにある正解を探すものじゃなくて
自分の中で育っていくものなのかもしれません。

今日のタロット

今日引いたカードはソードのクイーンでした。


このカードは自分の内側をまっすぐ見る力を持つカードだと感じています。感情に飲み込まれるのではなく
少し距離を置いて自分が本当にどう感じているかを静かに見極める。
そういう強さとつながりが深い。

正しい答えを探していた頃の私にはそもそもその視点がなかった気がします。
自分の気持ちを見る前に外側の基準を先に探していたから。

自分の感覚に少し立ち戻って今日どう感じたかをただ眺めてみる。
それだけでも見えてくるものが変わるかもしれません。


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