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杜牧「江南の春」:四百八十寺は煙雨の中

 3月にはいって、めっきり春らしくなってきた。しばらく前の記事で、詩聖・杜甫が成都滞在時代に諸葛亮を偲んで詠んだ詩である「蜀相」をとりあげた。杜甫の代表作「春望」は、もちろん春の情景を背景とした佳品である(こちらもいつか取り上げてみたい)が、春の風景を描写した唐詩として有名なのは、やはり杜牧「江南の春」ではないだろうか。

 杜牧(803年- 853年)は、中国晩唐の詩人であり、その生涯を紹介したウィキペディアによれば、その出自は西晋の名将・杜預の末裔にあたり、祖父は中唐の歴史家の杜佑であるとのこと。開元・天宝の盛唐期に活躍した李白、杜甫から遅れること100年、安史の乱で疲弊して衰えた晩唐期の詩人である。今回取り上げる「江南の春」はその創作時期は不詳とされている。杜牧は、出生地は長安であるが、官僚として何度も江南(長江以南)の地に赴任しており、この詩以外にも江南の風物を回顧する詩を作っているとのことだ。

千里鶯啼緑映紅
水村山郭酒旗風
南朝四百八十寺
多少楼台煙雨中

(書き下し文)
千里鶯啼いて 緑紅に映ず
水村山郭 酒旗の風
南朝 四百八十寺
多少の楼台 煙雨中

形式は、七言絶句。脚韻は「紅・風・中」。私は、中国語をきちんと発音できないので、ネット上の朗誦を聴いて音韻・音律を味わうしかないのだが、それでもこの詩のリズムも素晴らしさも十分味わえる。以下、各句ごとに味わっていこう。

第1句「千里鶯啼緑映紅」
「千里」は「千里にも広がる平原」を表しているとされる。その平原のあちこちで、鶯が鳴いている。木々の緑の間に紅い花が咲いている。鶯を表す色は黄色なので、この1句で、赤、黄、緑の豊かな色に彩られた春の風景が見事に表現されている。

第2句「水村山郭酒旗風」
「水村」は「川沿いの村」の意であり、「山郭」は「山沿いの村」の意。「酒旗」 は、ウィキペディアの解説によると、青い布に酒の銘柄などを書き、新酒が醸されたことを示す幟のこと。江南の地には低い山稜の間を川が流れているところも多々あり、酒を愛した杜牧が、うららかな春の山村の酒場で、ゆったりと新酒を楽しんでいる情景が目に浮かぶようである。

第3句「南朝四百八十寺」
ここでは、田園風景から一転して、南北朝時代(420-589年)の南朝(宋・斉・梁・陳の4王朝)の都であった「建康」(のちの南京)の、多くの仏教寺院の情景が描かれる。四百八十寺は数多いことを意味しているとのこと。書き下し文では、この句を、「なんちょう しひゃく はっしんじ」と読むが、ここに含まれる促音便と撥音便が、朗誦のリズムに躍動感を与える。また、「十」は中国語の平仄に合わせた読みになっているとのことで、翻訳でも原語の音律の雰囲気を味わえるのは、日本人として大変うれしいことだ。

第4句「多少楼台煙雨中」
多くの寺院の「楼台」(高い建物)が、「煙雨」(霧雨)に煙っている情景を表現しているのだが、これは現在の目前の風景に、数百年の前の寺院を朧げに重ねていると思われる。最初の2句のうららかな春景色と後半の霧雨に煙る建物が見事に対比され、豊かな江南の春の情景が表現されていると言えまいか。

 それにしても、この詩に描かれた春の風物は、私の故郷である山口県の春の風物とよく似ている。山口県には千里もの広い平野はないが、鶯の声、緑に映ずる紅の花、山沿いにある茶屋や旅館、そして五重塔で有名な瑠璃光寺、その鐘楼が霧に煙る風景。水墨画の大家である雪舟も山口の風景を愛したと伝えられているが、その春の風景は杜牧が描いた情景と見事に重なる。わが家族は、40年の首都圏生活を経て、最近故郷へUターンしてきたのだが、ここ山口は、本当に素晴らしい場所である。これから、春本番、唱歌「朧月夜」にうたわれた美しい風景の季節がやってくる。この美しい自然を満喫できる生活に感謝しながら、日々、過ごしていきたいと思っている。

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