Spectres of Shortwave/亡霊の帰る道
家路とは不思議なもの。いつも同じ駅を利用し、同じ道を歩き、同じ店の前を通る。それがある日突然、崩れてしまうときがくる。
駅員が手描きした案内はタッチパネルになり、日当たりのよいベンチは撤去されて自販機が立ち、いつも店先の豆大福をちら見していた駄菓子屋は電子タバコ店に代わる。
私の毎日を彩っていた情景が思い出に変わる。価値を見出すまでに何年かかったとしても、失うときは一瞬だ。
ニューブランズウィック州サックヴィル近郊のタントラマール湿地帯には、かつて電波塔のネットワークが張り巡らされていた。
1938年にラジオ・カナダ・インターナショナル放送のため13基の短波塔が建設され、1942年にはカナダ唯一の高出力短波中継局として送信を開始した。2012年の閉鎖時まで、この短波送信施設の姿をカメラに収め、関係者の想いを綴った詩的な作品『Spectres of Shortwave』がある。
本作は施設の元従業員や住民のインタビュー音声、そして空っぽになった施設内や湿地帯の映像を交差させる。
地元の人々は、遠くに見える電波塔の赤い光を「家」と呼んだ。光が見えると、ああ、家に着いたという気持ちになるのだという。私がいつも旅行から帰ってくるときCNタワーのすらりとした姿を見てホッと一息つく感覚と同じだろうか。
施設の歴史は第二次世界大戦中のプロパガンダ放送まで遡り、冷戦時代には自由ヨーロッパ放送の電波を中継する西側同盟の拠点となった。
塔の半径50キロ以内に住んでいた住民にとっては、思わぬところからラジオ放送が聞こえてくる怪現象の黒幕でもあった。冷蔵庫を開けるとオペラが流れ、蛇口を回すと外国語のニュースが聞こえた。
巨大クモに阻まれる悪夢をみた。みんなでロブスターパーティーを開いた。多くの従業員が感電事故を経験した。政府のスパイ用施設ではないかという噂が立った。これらは全て電波塔で働いていた人々の話だ。
おかしな逸話がまるでチューニングのようにどんどん流れ出してくる。背景には低音のノイズが響いて、電波そのものに触れた余韻を残す。短波放送や電子工学など、技術と自然の相互作用に注目してきた映像作家、Amanda Dawn Christieならではの観点が素晴らしい作品だ。
ずっとそこにあったから意識しなかったけれど、人間と景観は深いところで繋がれる。電波塔を愛した住人はそう説明する。人々が経験したのはラジオの衰退などではなく電波塔の死であった。
映画を観終わって窓の外を見やると、遠くに建設中の高層ビルとタワークレーンが見えた。今はまだ愛着も沸かない景色だ。どんな建物になるのだろう。どんな人が住むのだろう。そんな不安や混乱も含めて、ここが「我が家」だった。
