金柑と私たちの夜明け
※この記事は、2026.1.28の夜に投稿したものに加筆し、再投稿したものです。
後悔が残らないよう、伝えきれなかった想いを書きました。
私の韓国語note 11
「最後のnote」
金柑 금귤、낑깡
私たち 우리
夜明け 새벽
これは、ある週末
金曜日から日曜日の
なぜか夜だけの、
私と、私たちのお話。
日本語で書いた
「私の韓国語note」です。
금요일(金曜日)の夜
「大ホールと電車の中」
私は、大きな歓声と拍手に包まれた
ホールの中にいた。
「自分で買ったから、これ観に来て」
少し前に夫から渡された一枚のチケット。そういえば、夫の仕事をもう何年も観ていない。今の会社に入ってからは、一番大きな仕事だ。
あまり気が進まなかったが…
「うん、わかった。ありがとう」
そう言って、思ったよりも高い、そのチケットを受け取った。
そして、私は
大きな歓声と拍手に包まれた。
私への拍手ではないけれど、私にとっては「私への」、そして「私たちへの」拍手に聞こえて泣きそうになる。後ろの方から聞こえてくる指笛の音が、左の耳元をスッと通り抜ける。
誰が吹いているの?
振り向きたい気持ちを抑えて、私も、私が出せる一番大きな音で拍手をした。
少し離れたところにいる夫の横顔が涙ぐんでいるように見える。この仕事を、この拍手を、私に見せたかったのだろうなと思った。
帰りの電車の中で、私は周りの人達を見た。
「あの事」があってから、ずっと、…人混みにいても見えなかった周りの人の顔が、透明人間のような人達が、この電車の中でははっきりと見えて、私はとても驚いた。そして窓に映った自分の顔を隠すように、マフラーを口元まで上げて、うつむく。
私は何年止まっていたのだろう。
強く叩いた手のひらがジーンとして、閉じていた目が、少しだけ、開いたような気がした。
そうだ、ワインを買って帰ろう。
チケットのお礼と、おつかれさまのご褒美に。
寒いので早く帰りたかったが途中の駅で降りて、いつもよりも少し高い白ワインを選び、隣のスーパーで野菜と金柑を買って家に帰った。
帰り道、ホールで見た夫の横顔を思い出し…
行ってよかった、と心から思った。
토요일(土曜日)の夜
「金柑と、夫の思い出話」
秋以降、ほとんど休みなく働き、年末、そして昨日の大きな仕事を終えた夫は、今日も明日もお休みだ。
「二日休めるのは久しぶりだね。チケットありがとう。楽しかったよ」
そう言って夫にワインを渡す。喜んで受け取ると、すぐにスマホをかざしてワイン情報をチェック。
「お、いいかも」
「ちゃんと、お店のお兄さんに相談して、じっくり選んだからね」
キッチンから振り向くと、夫は早くも、お気に入りの透明なグラスにワインを注いでいる。
窓から夕陽が低く差し込み、グラスとワインがキラキラと輝いてとても美しい。白ワインの色は濃いめのようだ。
「綺麗な色だね」
と私が言ったら、
「来てくれてありがとう」
とチグハグな返事をするので、思わず笑って頷いた。
私はあまりお酒を飲めないので、食事の後はコーヒータイムだ。でも、今日は金柑があるから、緑茶がいいかな。
初めて生で、皮ごと食べた金柑は、口に入れるとゴフッ?種が当たるとガシッ?として、想像していたよりも大胆な食感。驚いて味がよくわからない。
二つ目は半分に切って、種をきちんと取り除いて丁寧に食べてみた。やはり、とくに酸っぱくもなく、ジューシーというほどでもなく…。
けれど、ほんのりとした、苦味とまではいかない苦味と、果肉とまではいえない果肉の柔らかい甘み、そして「ボフッ」なのか「ゴシュッ」なのか、表現し難い賑やかな音が、口の中に広がって面白い。どこか懐かしくて優しい味だ。
夫にも渡したら、初めは妙な顔をしていたのに
「白ワインにも合うぞ」
と、にっこり。
お酒があればいつも楽しそうな夫だが、今日は更に楽しそうに見える。大きな仕事を終えた解放感だけではなくて、たぶん、私がとても楽しそうだから。
noteを始めた私は、
以前よりも楽しそうで
以前よりも穏やか。
寝不足で
目と頭が疲れているのに、
なぜだか、たくさん話したくなる。
「noteにね、金柑のことを書いている方がいて、食べたくなって買ってみたんだ」
私がそう言うと、夫が懐かしそうに幼い頃の話を始めた。実家の隣に住んでいた一人暮らしの叔母が、よく金柑のジャム(甘露煮?)を作ってくれたらしい。私にも、とても優しかった叔母だ。
夫の話はいつも「何度も聞いた話」ばかりなのに金柑の話は初めて聞いた。いろいろ尋ねると、ジャム自体の記憶は曖昧なのだが、「喉にいいのよね」という叔母の言葉は覚えていた。
もしも叔母に、この「そのまま食べられる、かわいい金柑」をあげても、きっと煮てしまうだろう。
ふと、もう今はない、叔母の家の小さな台所と、小さな叔母の姿が浮かんだ。
私は、丸ごと食べた金柑が意外に美味しかったことや、夫の「まだ聞いたことのない話」を聞けたこと、そして思い出の中の叔母に会えたことが嬉しくて、金柑をおしえてくださった「noteの方」に感謝した。
일요일(日曜日)の夜
「動き出す時」
昨夜のワインがまだ少し残っているので、今夜もワイン。そして、また金柑。昨日からずっと飲み続けているようで不思議な気分だ。
「金柑、またちょうだい」
と夫が言うので、買ったばかりのガラスの器にクリームチーズとスライスした金柑を入れて、
「はい、どうぞ」
と、テーブルに置いた。
「昨日と違う今日」を演出するために、少しだけハチミツもかけてみた。
夫はそのまま、私はパンに乗せて食べたら思った以上に美味しくて、二人で顔を見合わせて笑顔になる。叔母との思い出話を聞いたときには「今度はジャムにしよう」と話したのだが、クリームチーズとの組み合わせが驚くくらい爽やかで、
「この食べ方、いいね。金柑また買って」
と、夫からリクエストされた。
「いいね」 ………それって、
キンカン記念日?
そう思ったけれど、
声には出さず
心の中にそっとしまった。
とても楽しい週末だった。
何気ないことで笑える。
金柑を食べて「美味しいね」と言い合える。
ほんの一か月だけどnoteを書いて、
眠ることも忘れて
書き続けて、
私は、少しずつ少しずつ解放されて
以前より少し楽になり、
夫も(おそらく頑張って)前を向いている。
今だ。
このまま
立ち止まるわけには
いかない。
「楽しかったけど、やめるね、note。夢中になって書いていたら、元気が出てきたみたい。韓国語の勉強をもっと頑張りたくなった。自信をつけたくなった。それにね、なんだか今なら、読みたかった本もいっぱい読めるような気がするの。変われるような気がするの。やりたいことをやって、行きたいところへ行って、止まった時間を動かしたい。…私、ちゃんと元気になるから、一緒に元気に暮らそう。テレビも ‥たまにはつけて、普通に暮らそう。前の自分に戻りたい。そろそろ、戻らなくちゃ、私たち」
私が突然
溢れる想いを言葉にしたら、
夫が私の顔を見て「うん」と頷き、
しっかりとした声でこう言った。
「ミセン、もう一度、観てみようかな」
それは、何年もの間、
夫が一度も言わなかった言葉。
言えなかった言葉。
その言葉を私はちゃんと聞いたよ。
そして、
このお話の「終わり」が導かれ、
最後のnoteを書いている私に
変化が起きたんだ。
『 ミセン-未生- 』
長いトンネルに閉じ込められていた、あの頃 …
大事なものを失った夫を励まし
自分自身を慰めながら、
毎日、一緒に、一話ずつ観た韓国のドラマ。
ひとときでも
暗闇を忘れさせてくれたドラマ。
一番好きなのに、
夫が「あの事を思い出すから
もう観ない」と言っていたドラマ。
書きたくても書けなかった
私たちにとって大切な
「ミセン」のことを
私はnoteに
書けた。
それは唐突で
偶然ではあっても、
夫の「小さな一歩」がくれた
私へのプレゼントだ。
「書けた」という、それだけで
「もう一度観る」という、その一言で
閉じていた目が開いて
リビングの色が明るくなった。
指笛と拍手の音が聞こえて…
私の中で何かが
動き出した。
「魔法みたいだ」
そんなふうに思う自分が
子どもっぽくて、愛しくなった。
私はなぜ止まっていたのだろう。
私たちには家族がいて
この家があり、
夫には新しい仕事がある。
何も失ってなどいない。
歩こう。前へ。
前を向いて、戻ろう。
この魔法が消えてしまっても
一歩ずつ ‥
そう思った瞬間
離れて暮らす優しいあの子が、
まだ少し弱気な母の背中を
そっと押してくれたように感じた。
だから、
私は大丈夫。
私たちはきっと、
大丈夫だ。
私は今
夜明け前の、まだ暗い…
けれども暗闇ではない空の明るさに
立っているのかな。
トンネルの中で
温かい灯りを何度も見た
あの頃と同じように
私はまた、
「ミセン」に救われた。
追記
一緒にいると、すぐに涙ぐむ母を心配してくれるあなたへ
「大丈夫だよ。安心してね」
