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『 vanishing への階梯 』​第六話:百三十七分の一の境界(微細構造定数:1/137)

『 vanishing への階梯 』

​第六話:百三十七分の一の境界(微細構造定数:1/137)

​その調色師は、絵具ではなく「光の強さ」を混ぜ合わせている。
​この宇宙を司る電磁気力の強さを決める、魔法のような比率。
「約137分の1」。
電子が光を吸い込み、あるいは吐き出すその瞬間の「確率」とも言えるこの数字は、宇宙のあらゆる色彩と物質の硬さを支配している。
​「もし、この数字がわずかでも違っていたら」
​調色師は、パレットの上に広がる透明なブルーを眺める。
もしこの比率が少しでも大きければ、星は燃え尽き、小さければ、原子は結びつくことができない。
この世界が、触れることのできる「形」として存在し、私たちが互いの肌の温もりを感じられるのは、この絶妙な端数の循環があるからだ。
​彼は、筆を置く。
指先に伝わる、滑らかな温度の同期。
それは、彼自身の身体を構成する無数の電子たちが、137分の1という規律に従って、整然と踊り続けている証拠でもある。
​説明を排したその沈黙の中で、彼は一つの「祈り」を置く。
キャンバスの上に、鋭く澄んだ香りが立ち込めるような、白く vanishing な一筆を加える。
青い影が消え、光そのものが温度を持って立ち上がる。
​言葉に頼らず、ただ宇宙の定数という「背骨」に身を委ねること。
そこには、名付けられることを拒んだ、純粋な生の調和が宿っている。
​彼は、137という数の隙間に潜む余白を見つめ、新しい光が網膜に届くのを、ただ静かに待っていた。

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