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『世界プロトコル』第二話:未完成保存機構 ―― レオナルド・ダ・ヴィンチ ―― 永久試作システム

『世界プロトコル』

第二話:未完成保存機構 ―― レオナルド・ダ・ヴィンチ ―― 永久試作システム
その男は、完成させられなかったのではない。
完成を急がなかった。
人は終わりを求める。
作品に。
仕事に。
人生に。
完成という言葉には安心がある。
区切りがある。
評価がある。
だが男は知っていた。
完成とは、
ある可能性を選び、
他の可能性を閉じることである。
後世の人々は困惑した。
なぜ途中でやめるのか。
なぜ別の研究を始めるのか。
なぜ機械を描いた翌日に人体を調べ、
人体を描いた翌日に鳥を観察し、
鳥を観察した翌日に川の流れを測るのか。
だが本当は違う。
それは、
――永久試作システムの運用だったのである。
ある弟子が尋ねた。
「先生、この絵はいつ完成するのですか。」
男は筆を置いた。
そして窓の外を飛ぶ鳥を見た。
羽ばたき。
旋回。
着地。
しばらく眺めてから言った。
「鳥は完成しただろうか。」
弟子は答えられなかった。
男もそれ以上説明しなかった。
世界は変わり続ける。
光も変わる。
風も変わる。
人の顔も変わる。
ならば、
完成とは何だろう。
男にとって作品とは、
終わったものではなかった。
対話だった。
世界との。
時間との。
自分自身との。
だから彼の手帳には、
設計図がある。
計算式がある。
落書きがある。
失敗がある。
途中までの考えがある。
それらは整理されていない。
だが生きていた。
まるで森のように。
晩年、男の部屋には大量の紙束が積まれていた。
誰も全体を理解できなかった。
人々は思った。
散漫だったのだと。
気まぐれだったのだと。
だが男は知っていた。
答えよりも、
問いの方が長生きすることを。
やがて男は去った。
しかし工房には奇妙な装置だけが残されたという。
その装置には札が掛かっていた。
「途中歓迎」
と。
中には完成品は置かれていない。
賞状もない。
評価表もない。
あるのは、
書きかけの紙。
描きかけの線。
考えかけの問いだけである。
不思議なことに、
そこへ入った者は皆、
未熟であることを少し恐れなくなる。
途中であることを恥じなくなる。
そして時々、
完成を目指していたはずなのに、
気づけば探索そのものを楽しんでいる。
未完成保存機構は、そこで終わらなかった。
それは今も、
誰かが新しい発想の前で立ち止まるとき。
うまく形にならない何かを抱えるとき。
「まだ途中でいいか」
と静かに思う、
その一瞬のために動き続けているのである。

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