『スーパーの半額シール』
『スーパーの半額シール』
夜のスーパーには、
もう一つの時間が流れている。
昼間とは違う。
少し静かで、
少し現実的で、
少しだけ優しい。
青年は夕食を買いに来ていた。
特に献立は決まっていない。
空腹だけが決まっている。
そういう日だった。
惣菜売り場へ向かう。
唐揚げ。
焼き魚。
コロッケ。
弁当。
どれもおいしそうだ。
どれも疲れた人間に対して寛容だ。
そのとき。
少し先で女性が立ち止まった。
惣菜コーナーだった。
かごを持っている。
中には牛乳。
ヨーグルト。
食パン。
生活が入っていた。
女性は弁当を見る。
戻す。
パスタを見る。
戻す。
サラダを見る。
また戻す。
真剣だった。
夕食を決める人の顔だった。
そこへ店員が来る。
黄色いシールを持っている。
半額シールだった。
夜のスーパーでは、
ちょっとしたイベントである。
店員が貼る。
ぺた。
また貼る。
ぺた。
人々の視線が微妙に集まる。
誰も急がないふりをしている。
だが少しだけ気にしている。
人間らしい。
女性も見ている。
さりげなく。
実にさりげなく。
しかし見ている。
青年も見ている。
お互い知らない顔をしている。
だが見ている。
数分後。
女性は一つのパックを手に取る。
煮魚だった。
意外だった。
揚げ物でもない。
豪華な弁当でもない。
煮魚だった。
女性は少し考える。
そしてかごへ入れる。
決定らしい。
その瞬間の顔が、
なんだか良かった。
得をした顔ではない。
勝った顔でもない。
今日はこれで十分だ、
という顔だった。
青年はその表情を見て思う。
大人になると、
満足は特別な場所にない。
半額の煮魚だったりする。
ちゃんと夕食が決まることだったりする。
冷蔵庫に牛乳があることだったりする。
そういうところに住んでいる。
女性は会計へ向かう。
足取りが少し軽い。
夕食が決まった人の歩き方だった。
青年も弁当を一つ選ぶ。
レジへ向かう。
夜のスーパーを出る。
空には月が出ている。
そして思う。
人を好きになる理由は、
派手な魅力ではなく、
「今日はこれで十分」
と静かに納得できる姿だったりするのかもしれない。
そういう人の隣では、
毎日が少しだけ穏やかに見える。
