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ekakinonakagawa
『叔父は、帰省すると急に肉を焼きたがる』
『叔父は、帰省すると急に肉を焼きたがる』
正月でも、
お盆でも、
叔父は人が集まると、
なぜか肉を焼き始める。
庭。
ホットプレート。
延長コード。
まだ誰も「焼こう」と言っていないのに、
もう炭か電源を準備している。
「肉あっただろ?」
確認というより決定事項。
青年は子どもの頃から、
“親戚が集まる景色”の中心に、
だいたい煙を見てきた。
叔父は手際がいい。
トング。
油。
配置。
妙に慣れている。
しかも、
焼いている時だけ少し機嫌がいい。
普段は無口なのに、
肉の前だと喋る。
「まだ裏返すな」
「それ焦げるぞ」
「若いやつ先食え」
指示が細かい。
でも誰も嫌がらない。
たぶん、
叔父は「会話」より、
“焼き加減”で場を回している。
ジュウ、という音。
油の匂い。
夕方の空。
紙皿。
親戚の集まりには、
毎回ほぼ同じ風景が出現する。
子どもが走る。
誰かが笑う。
祖母が「野菜も食べなさい」と言う。
叔父は黙って肉を追加している。
青年は思う。
家族行事って、
特別なイベントというより、
“毎回同じ役割を自然にやる人たち”で成立している。
叔父はたぶん、
「みんなちゃんと食べてる状態」を見ると安心する人なのだ。
夜。
片付け。
冷えた鉄板。
少し残った煙の匂い。
叔父はビールを飲みながら、
やっと座る。
急に静かになる。
役目が終わった人の顔。
青年は缶を片付けながら思う。
あの人は肉を焼いていたんじゃない。
“親戚がちゃんと集まっている空気”を、
ずっと維持していたのかもしれない。
