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voice_watanabe
『朝六時四十一分、「ゴミを出せただけで、少し勝った気がする」』
『朝六時四十一分、「ゴミを出せただけで、少し勝った気がする」』
朝六時四十一分。
青年は、ゴミ袋を持って玄関に立っていた。
燃えるゴミ。
四十五リットル。
そこそこ重い。
中身は、
空になったペットボトル。
お菓子の袋。
レシート。
何かの緩衝材。
数日前の自分の痕跡ばかりである。
靴を履く。
ドアを開ける。
朝の空気が入ってくる。
少し冷たい。
少し湿っている。
そして、まだ誰のものにもなっていない。
この時間の空気には、
「急げ」
も、
「頑張れ」
も含まれていない。
ただ、
朝です。
という事実だけがある。
青年はゴミ置き場へ向かう。
道は静かだ。
遠くで車が一台。
どこかでカラスが鳴く。
その時、
前から同じようにゴミ袋を持った人が歩いてくる。
名前は知らない。
何をしている人かも知らない。
でも、
「あ、この人も間に合ったんだ」
と思う。
不思議な連帯感だった。
ゴミ出しには、
小さな達成感がある。
別に偉いことはしていない。
世界も変わらない。
給料も増えない。
誰にも褒められない。
それでも、
指定された日に、
指定された場所へ、
ちゃんと出せた。
これだけで、
生活者として一点くらい加点される気がする。
青年はゴミ袋を置く。
ガサッ。
終了。
所要時間、三分。
だが、この三分は意外と大きい。
もし出せなかったら、
袋は部屋に残る。
一週間、残る。
生活は、
大きな失敗ではなく、
小さな先送りで少しずつ重くなる。
だから逆に、
小さな完了で少しずつ軽くなる。
青年は空になった手を見る。
軽い。
本当に軽い。
そして少しだけ、
頭の中まで軽い。
朝六時四十一分。
今日も特別なことは何も始まっていない。
夢も叶っていない。
人生の問題もそのままだ。
でも、
ゴミだけは外へ出た。
それだけで、
今日は少しだけ、
自分の生活に追いつけた気がした。
