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icchi_namida
『野生の改札』
『野生の改札』
改札にも野生のものがいる。
都会ではあまり見かけない。
だが郊外へ行くと、ときどき群れで現れる。
男が初めて野生の改札を見たのは、祖父の家へ向かう途中だった。
無人駅で電車を降りる。
ホームには誰もいない。
風だけが吹いている。
そのとき、草むらが揺れた。
かさり。
かさり。
何かいる。
男が目を凝らすと、それは改札だった。
銀色の体。
小さな液晶。
警戒するようにこちらを見ている。
若い個体らしい。
まだICカードの読み取りが不安定な年頃だ。
男は刺激しないよう静かに後ずさった。
野生の改札は臆病である。
驚くと切符を撒き散らしながら逃げてしまう。
その日の夕方。
地元の人に話すと、皆うなずいた。
「最近増えてるねえ」
「繁殖期だから」
「今年は当たり年だよ」
男は安心した。
珍しいことではないらしい。
夜になると、祖父が庭へ出ようと言った。
懐中電灯を持って裏山へ向かう。
月明かりの下。
斜面のあちこちで小さな光が点滅していた。
ぴっ。
ぴっ。
ぴっ。
野生の改札たちだった。
親改札が子改札に通り方を教えている。
微笑ましい光景だった。
男はしばらく眺めていた。
祖父が小声で言う。
「昔は切符も野生だったんだがな」
「今はいないの?」
「保護されてしまった」
男は少し残念に思った。
山の向こうでは、若い改札が初めて人を通したらしい。
誇らしそうな電子音が、夜空に長く響いていた。
翌朝。
駅前の畑には、改札の足跡がいくつも残っていた。
どれも都心の方角へ向かっていた。
春が近いのだろう。
