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『体積』

『体積』
雨上がりの駐輪場には、
会話の終わった空気だけが、薄く残っていることがある。
夜八時十三分。
女は、自転車のサドルに溜まった水を、
コンビニのレシートで静かに拭いていた。
印字された文字が、
少しずつ滲んでいく。
買ったものは思い出せない。
でも、
その時たしかに誰かといた感じだけが残っている。
屋根の端から、
遅れて落ちる雨粒。
一定じゃない。
忘れかけた記憶みたいな間隔で落ちてくる。
隣の自転車の前かごには、
透明なビニール傘が一本だけ置かれている。
持ち主はいない。
女は、その傘を見た瞬間、
昔、誰かと「返しそびれた物」の話をしたことを思い出す。
本。
充電器。
パーカー。
曖昧な約束。
人間関係は時々、
感情より先に“貸与状態”で続いてしまう。
遠くで電車が通る。
地面の水たまりが、
わずかに震える。
女は自転車に鍵を差し込みながら、
「好きだった」と「慣れていた」の違いについて考えかける。
でも途中でやめる。
夜に整理できる感情なんて、
だいたい翌朝には別物になっている。
鍵が回る。
小さな金属音。
それだけで、
今日という日が急に閉じ始める。
女はペダルに足を乗せる。
濡れたアスファルトが、
街の光を少し多めに反射していた。

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