3年間ずっと心残りだったこと
「もう明日でいいやつは、明日にするか」
時刻は22時過ぎ。
あの半年間、オフィスには連日、先輩と私の2人だけが残っていた。
私は「お客さん、今日中に欲しいって言ってましたけど、いいすか?」と返した。
でも先輩は、「どうせ今日出したって明日出したって、変わんねえよ」って。
いつもより少し早く終われる。この時も、力がふっと抜けて、急いでパソコンを閉じて、「今から帰ります」と妻にLINEを打った。
私は先輩のこういう感じが大好きだった。
入社からずっとお世話になったNさん
先輩の名前はNさん。私が新卒で入社した時に、指導係についてもらった人。その後も11年間、ずっと一緒に仕事をさせてもらった。
油まみれになってお客さんの設備を掃除したり、3億円の見積もりを、徹夜して1日で仕上げたり、とにかく営業の仕事は全てNさんに教えてもらった。
そして、お酒の飲み方もNさんから教わった。行きつけのスナックによく連れていってもらったが、一体いくらご馳走になったことだろうか。
誰も頼んじゃいないのに、Nさんは前に出て歌っていた。私はそんなNさんを、酒の勢いに任せていじるのが大好きだった。
Nさんは、back numberの「高嶺の花子さん」が好きだった。私がNさんの歌を聞きながら、次の曲をデンモクで選んでいると、
「いいから早く歌えって」といつも急かされた。
やたら耳に残る言い回しだ。
Nさんは海外駐在へ、そして私は
Nさんは、あの半年の苦労が評価されてか、課長となった。そしてすぐに海外へ駐在となった。
Nさんと2人でやっていた仕事を、今度は後輩と2人で担当することに。そこから2年間、Nさんの耕した土壌で、思いっきり仕事をした。会社には営業マンが30人くらいいたが、数字は1位になっていたと思う。
ただ、当時は息子が風邪をひきがちで、妻と交代で有給をとることが増えていた。妻が帰ってくると、その夜は出勤していたのと変わらないくらい、自宅で仕事をしていた。
会社はそれをよく思っていなかったらしい。私が有給をたくさん取るから、私の上司の評価を下げるという話を聞いた。
私は、ドラマで勉強した通りに、退職願を叩きつけた。別に会社に思い入れはなかった。
ただ、心残りはNさんがいない間に辞めること。
心残りのまま
会社を辞めることが決まった時に、Nさんに電話をした。どこかぎこちない、関係が遠い人のような感覚があって、内容はほとんど覚えていない。私が決めたならいいんじゃない、って言ってくれたような気がする。
私は、「俺がいないうちに辞めんなよ」って怒って欲しかった。
そして最終出社の日、改めて電話する勇気が出なかった。引き継ぎで忙しいことにして、LINEをした。「あなたに教わった全てが私の財産です」と送った。
こんな返信があった。

あれから3年
この前、例のスナックに行った。そこは今、私の行きつけにもなっている。そこで偶然、以前の会社の人に会った。Nさんが9月に日本に帰任するらしい。
帰任祝いの飲み会があるから、せっかくだから参加しなよと誘われた。二次会はおそらくこのスナックだろう。
急にソワソワしてきた。Nさんに、きちんとお礼を伝えたい。そして、不義理な形で辞めてしまったことを、謝りたい。昔のような関係に戻れるだろうか。会社も違うし無理か。いやどうだろう。
私が「あの時は…」って言ったそばから、
「いいから早く歌えって」そう言われる気もする。
私は高嶺の花子さんを歌うと決めている。
「会いたいんだ今すぐその角から 飛び出してきてくれないか」
って、おっさんに歌う歌じゃないけど、練習しておこう。
