エゴイズム 矛盾を抱えて

 僕はエゴイストなのだろうか。もう長きに渡り一般の人間関係は忌避するようになってきた。例外として訪問看護などでは会話の練習をしているが。矛盾を抱え、それを敢えて幾重にもひねり、最高の概念を生み出す。僕のプログレッシブツイストの本質の1つだ。僕の存在そのものもプログレッシブツイストだし、僕は僕なりの感覚で生きている。

 矛盾は統合失調症であると、それをコントロールする事も困難を極める。まあこれも一般化だ。僕は頑迷固陋だから、陋劣だからその道しかなかった。既に先人の進んだ道だ。僕はその文化と伝統を足繁く闊歩し、温故知新の役割も担っている。まあ実際にはそれがどこまで日常の随所に力を与えるか分からない。というか創作以外の僕は事務的で空虚である。僕はこの場を壮語の独壇場として捉えている。無論質は低いだろう。僕には文才と称するものが甚だしく欠如している。悲しい事に。それでも口頭と変わらず分かりやすく文章を綴るようにしている。阿る、ではなく、友好の象徴として。

 複雑怪奇で限局的でレトリカルな文章に感心する人はもはやこの世にはいない。少なくとも僕はそう思っている。ここまで情報化社会になり、類義語、言辞、文学的、哲学的な晦渋な修辞はいくらでも得られる。小学生でもその点においては非常に卓越した功績を残したりするケースも埋もれているが存在するだろう。ひとたび早熟な、非凡な人物にスポットライトが当たれば目立つようになる。アンチも尋常ではないくらい生まれる、群雄割拠の様相を呈して、力学的な地獄が眼前に迫る。

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