見出し画像

『若者のすべて』と、花火のあとに終わった19歳の夏




夏の終わりの空を見ると、ときどき19歳の僕が戻ってくる。


コンビニの白い明かり、花火の音、好きだった女の子の横顔。


笑ってしまう話ばかりなのに、なぜか少しだけ胸が痛む。





大学に入って19歳。

三つ目のバイト先が、近所のコンビニだった。


オーナー兼店長は、

「俺はそのうち遊んで暮らすから」

と豪語する、なかなかのろくでなしだった。

なのに奥さんは美人だった。

19歳の僕には、世の中はまだ謎だらけだった。



ある日、バックヤードのシフト表を見ると、欄外に女の子のイラストが描かれていた。

長いまつ毛。その横の吹き出しに、

「たっちーさん 彼女いますか?」


犯人は女子高生バイトの奈緒と彩香だった。

彩香には彼氏がいた。

すると店のみんなが、

「じゃあ奈緒と付き合っちゃえば?」

などと言い始めた。

奈緒も、恥ずかしそうに笑っている。

最初は僕も笑っていた。

でも19歳である。

何度も言われれば、だんだんその気になる。



その夏、奈緒と二人で花火大会へ行った。

焼きそばの匂い、ラムネ、人混み。

いつもと少し違う髪型の奈緒。

河川敷へ向かう途中、後ろから僕のシャツの袖をつかんだ。


「待って。はぐれる」

それだけで心臓が飛び出しそうになった。

これはもう、かなり脈ありかも。

青春には、本人にしか見えない都合のいい字幕がついている。



夜空に花火が開いた。

ドン、と音がするたび、奈緒の横顔が一瞬だけ明るくなる。

「きれいだね」

「うん」

そう答えながら、僕はたぶん花火より奈緒を見ていた。


帰り道。

最後の花火が消えて、夜が急に暗くなった。


奈緒がぽつりと言った。

「終わっちゃったね」


僕は、

「また来年あるよ」

と答えた。

そのときは本当に、来年も二人で来られると思っていた。





数日後、公園に呼び出した。

「付き合わない?」

奈緒は少し困った顔をした。

「ごめん。受験があるから」



嫌いとは言われなかった。

だから僕の中では、

受験が終わったら?

春になったら?

と、勝手に延長戦が始まった。





そんな僕に声をかけたのが、バイト先の先輩 祐介くんだった。

俳優を目指していて、腹が立つほどイケメンだった。

背が高くて、重い飲料ケースを黙って持つ。

新人が困っていれば、さっと手を貸す。

優しいのに、それをわざわざ見せない。

19歳の僕には、そういうところまで格好よく見えた。


店の裏で段ボールを畳みながら僕の話を聞いて、

「好きなら、今は受験応援してやればいいじゃん」

と言った。

なんだ、この男。

顔だけじゃなく、中身まで格好いい。

ずるい。


そして僕は奈緒を追いかけるのをやめた。




その失恋をゆっくり聞いてくれたのが、コンビニオーナー息子の家庭教師をしていた景子さんだった。

景子さんはよく、バイト先のコンビニに遊びに来ていた。

僕より一つ年上。

たった一歳なのに、ものすごく大人に見えた。

親に新車を買ってもらっているのに、

「でもブルーバードなんだよ」

と文句を言うお嬢様だった。

僕からすれば、車を買ってもらえる時点で十分すごかった。


「飲みに行こうよ」

そう誘われて、二人で養老乃瀧へ行った。

僕は居酒屋なんてほとんど初めてだった。



奈緒と花火を見たこと。

振られたこと。

まだ少し期待していたこと。

全部話した。

けいこさんは、

「そっか」

と言って静かに聞いてくれた。

失恋したばかりの19歳には、その「そっか」が妙に優しかった。



「ここの大根サラダ、おいしいんだよ」

と言うので、

「じゃあ二つください」

と注文した。

けいこさんが笑った。

「普通、一人一個頼まないんだよ」


一歳しか違わないのに、この人は何でも知っている。

本気でそう思った。



そのあと僕の部屋へ行くことになった。

ところが途中で気持ち悪くなり、アパートの階段で盛大に吐いた。

けいこさんは嫌な顔もせず、背中をさすってくれた。

失恋したばかりだったせいか、その優しさが妙にうれしかった。

一つしか年上じゃないのに、やっぱりこの人は大人だなと思った。



僕の部屋で二人並んでソファーに座っているうちに、けいこさんは眠ってしまった。

僕はしばらく、その横顔を見ていた。

奈緒に振られた寂しさなのか、けいこさんの優しさがうれしかったのか、自分でもよくわからなかった。

僕は、そっと手に触れた。

十秒後。

「たっちー君 なにすんの!」

飛び起きて怒られた。


彼女にはレーサーの彼氏がいた。

勝てるわけがない。

奈緒に振られ、大根サラダを二つ頼み、最後はレーサーにまで敗北した。

僕の19歳の夏は、なかなか忙しかった。




それから時間が経ち、みんな店を離れた。

奈緒も、彩香も、けいこさんも。

祐介くんも、俳優を目指してどこかへ行った。

本当に役者になったのか、その後は知らない。

誰と最後に何を話したのかも、もう思い出せない。


あのコンビニも、今はもうない。

それなのに夏の終わりになると、

シフト表の吹き出し

奈緒がつかんだ僕の袖

二皿の大根サラダ

祐介くんの言葉

けいこさんの「そっか」

そんな、どうでもよさそうな場面ばかりが戻ってくる。

そしてフジファブリックの「若者のすべて」が流れる。

「最後の花火に今年もなったな」

そのフレーズを聴くと、あの河川敷の夜を思い出す。


花火は、消えた瞬間に夜を暗くする。

でも目の奥には、しばらく光が残っている。


あの夏も、たぶん同じだった。


今年も夏が終わる。

夕方の風が少しだけ涼しくなると、不意に奈緒の声を思い出す。

「終わっちゃったね」


あのときの僕は、

「また来年あるよ」

と答えた。



花火は、また次の年も上がったのだろう。

でも、

奈緒も、彩香も、けいこさんも、祐介くんもいた19歳の夏は、あれが最初で最後だった。



何十年も前に消えたはずの花火が、

夏の終わりになると、

今でも胸の奥で一度だけ上がる。







最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



僕の中で流れている「若者のすべて」は、

いつもこのBank Bandのカバーです。




いいなと思ったら応援しよう!