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もし明日、この世が終わるなら

もし明日、この世が終わるなら
私は何をするだろう。なにを思うだろう。誰を想うだろう。
そんなIF世界を今日は妄想してみる。

朝、まどろみの中でYouTubeを観るだろう。私がよく観るYouTuberや配信者の方々はこの世の終わりであるというとき、どんな投稿・配信をするだろう。特別な、この世に別れを告げるような悲しい動画や配信でないと良いなと思う。

動画に満足したら、私の大切な人たちに「おはよう」を言うだろう。
いつも通りの「おはよう」が私は言えるだろうか。他愛もない話をしたい。特別な何かをするんじゃなくて、いつも通りの会話がしたい。でもいつも通りの会話量では少し足りない気がするから、内容はないかもしれないけれどいつもよりも口数が増えるかもしれない。

昼、私は昼寝が大好き。きっと、いつも通り昼寝をする。いつもより少し、気持ちよく寝られるように布団やマットレスを少し整えてみる。最後に、寝具の上に一緒にいるぬいぐるみたちを綺麗にセッティングできたら完璧。なにを特に思いながら眠るわけではないけれど、少し特別な昼寝になりそう。

夕方、私が悲しいときに行く場所。それは、駅の屋上。
誰と行くわけでもなく、一人きりでいきたい。
駅の屋上から見える景色が好き、匂いが好き、親子が遊んでいるのを見るのが好き、めいっぱいにそこで呼吸をするのが好き。
きっと、そこで私はお気に入りの曲を聴く。決まりなのは、宇多田ヒカルさんの現時点でリリースされている曲全部。それ以外はその時の気分で決める。
屋上から見える景色の中に見える建物、家、場所には人の数分だけ思い出があって。そのうちの一つが私であると、生きた証があると確認できる。私にとってその駅の屋上はそんな場所で。日が落ちるまでそこにいるだろう。

屋上から出たら、駅の中の本屋さんに行く。過去、その本屋さんで買いたい本や漫画と私の財布と私の葛藤がにらめっこしていた。そこでの選択や葛藤は少し人生にも似ているかもしれない。そんなことを思いながら、一つ本を買うと思う。すべて読み切れなくてもいい。その後の物語は私の都合のいいように解釈したい。

一つ下のフロアにおりて、駅内のお花屋さんに寄る。
私の大切な人たちをイメージしたお花を買いたい。以前、お花の種類、お花の色ごとの花言葉が気になってお花屋さんの中で調べながら、イメージしながらお花を選んだ。同じことをきっとする。

買ったお花を自転車のかごに入れて、お花がかごの中で嬉しそうに、悲しそうに揺れているのを見て風を感じながらゆっくりその駅を後にするだろう。

夜、大切な人たちとおいしいご飯を食べたい。
鍋でもいい、焼肉でも、団らんとできるものが食べたい。そこで約束したい。私は、また生まれ変わってもあなたたちに出会いたい。あなたたちとまた笑い合える世界に生まれたい。あなたたちに出会えて幸せでしたときっと伝えるだろう。

さて、最後の一日も終わるその前に私はふかふかのお布団に入って眠るだろう。私はまた明日がやってくる、と思うと同時に私はこの世の何もかもを愛おしく感じるだろう。例外なく、きっと私自身も。

私はまた私自身に生まれ変わりたい

IF世界を書いてみて、大切な人を大切にするって言葉では簡単だけれど実行するのはそう簡単じゃないよなあと思う。でもきっとそれは、明日がやってくると確信がある、きっと幸せな世界に生きているから。


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