缶の炭酸は、じいちゃんの味。お盆にシュワシュワ蘇る2人の軽トラ作戦。
この記事は、お盆で帰省した際に書き記したエッセイです。(約3200文字、5〜6分で読めます)
コーラ、サイダー、ファンタ。
ひと昔前は、缶で売られているのが当たり前だった。金欠の小学生でもお得に飲める+150mlのロング缶が販売されたときには、どれだけ興奮したものだろうか。
当時、少年野球をしていた僕は、平日練習から帰ると真っ先に向かうところがあった。そう、大好きな炭酸のジュースをくれる祖父のもとだ。
「じいちゃーんっ! 炭酸ない〜?」
「おぉ、いつもんとこにあるぞ」
ありがとーと言いながら野球道具を放り投げ、土間を目指して走っていく。すると、すかさず母が口を挟む。
「炭酸ばぁっか飲んでると、骨溶けるんやよー」
そんなわけねぇと思いながらも、アニメの骸骨キャラのように骨がコロンコロロ〜と崩れ落ちてしまうのではなかろうかと、内心ひやひやしていた。でも、3つ年上の兄も飲んでいるのだから、先に骨コロロ〜となるのは兄に違いない。そう思えば、母の脅しなんて怖くないのだ。
「大丈夫だいじょ〜ぶ〜」と母に向かって手をひらひらさせながら、足早に土間へと向かう。
なんたってあそこには、僕の大好きな炭酸が待っている。口から胃袋に向かって流れ落ちていくシュワシュワ。喉の奥にしがみついている学校で起きた嫌なことも消し飛ばしてくれる、あの爽快感。
あぁ、早く飲みたい。
土間には、野菜の名前が書かれたダンボール箱が所狭しと並んでいた。「じゃがいも」「キャベツ」「とまと」など、ここは八百屋さんかと錯覚するほどのダンボールの数。ただ中身は野菜ではない。田んぼや畑で使っている祖父母の作業服、軍手、雨合羽なんかが入っていた。

お世辞にも整理整頓された大手通販サイトの倉庫とは言えないが、僕にとっては秘宝が隠されている魅惑のアマゾン。なんせ、扱っている商品はここでしか手に入らない、じいちゃん印の炭酸なのだから。
このダンボール箱こそが、じいちゃんが言う「いつもんとこ」だった。夏の強い日差しを遮ってくれるこの空間は、天然のクーラーボックスと化していて缶を冷やすのにちょうどいい。
このアマゾンから炭酸を見つけ出すなんて日が暮れてしまうと思うかもしれない。でも、心配しないでほしい。
土間の壁の端から端まで取りつけられている木製の棚、3段ある内の2段目の左から3番目。そこのダンボール箱と決まっているのだ。
そして、ワクワクしながら箱のなかをのぞき込む。
ん? あれ、ない。ないぞ。
もしかして、先に兄ちゃんに飲まれた?
……いや待てよ。お母さんにバレて没収された線もある。
蝶ネクタイ型の変声機はないがメガネはかけていた名探偵気取りの僕は、頭のなかで犯人捜しを始めた。とりあえずちゃんと現場検証をしよう。手袋も付けずに現場のダンボール箱をくまなく調べる。
すると、ぐるぐる巻きにされた作業服のなかに、じいちゃん印の炭酸があったのだ。「なんや、ここにあったんかぁ」と胸をなでおろす。でもさすがは名探偵、そこでピンときた。
はは〜ん、さてはお母さんにバレんように隠したんやな〜。でもそんな簡単なトリックでは、この僕の目を欺くことはできないよ、じいちゃん。
もう誰が名探偵で犯人で警察なのかは皆目見当もつかないが、とりあえず事件は無事解決した。
ようやく炭酸を手に入れた僕は、母の視線を気にしながら縁側へと向かう。
そこに座るといろんな音が聞こえてくる。セミやカエルの鳴き声、エメラルドグリーンに光る渓流のせせらぎ、防災スピーカーから流れる夕焼け小焼け……。
そのオーケストラを一人で堪能しながら飲む炭酸といったら、それはそれはもう、大人の気分としか言いようがない。
ぷしゅっ。ごくごくごく、くぅぅ〜。
シュワシュワに喉が耐えられなくなるまで、一気に飲む。
すると、鼻先に当たったプルタブから何やら匂う。犬みたいにくんくんと嗅いでみると、土の匂い、木くずの匂い、油の匂いがする……。
それは土間で嗅いだことのある匂い、「じいちゃんの香り」だったのだ。
炭酸とミックスされたその味はまるで、祖父の一日をぎゅっと缶に詰め込んだよう。この香り付きの炭酸は、いつの間にか僕にとっての当たり前の味になっていた。

別の日、こんなこともあった。
「じいちゃーんっ! 炭酸ある〜?」
「おお、そやった。まだ買ってきとらんわ」
じいちゃんは小声で続ける。
「……ぉ〜ぃ、け ぇ ト ラ で 、ぃ っ し ょ に か ぃ に ぃ く か ぁ 〜? た ば こ や の じ は ん き ま で ……」
「え? なんて?」
ほとんど聞き取れなかったが、ニカっと笑う顔であらかた察しがついた。母に気づかれたら即アウトの炭酸入手作戦。そうなんだな、じいちゃん。
よし、いいだろう。じいちゃんがその気ならとことん付き合おうじゃないか。見つかったって心配するこたぁない。50m走を7秒台で走りきる僕の足ならば、強行突破もたやすいものだ。いや待てよ、じいちゃんは足が悪い。ダッシュなんてできないじゃないか。ならば時間差でかく乱するしかあるまい。
祖父は田んぼの手入れに向かう体で、ゆっくりと家の外に出る。ここで一緒に出てしまっては、隣の台所にいる母にバレる。たまたまテレビで流れていた相撲中継、この貴乃花の取組を見たら「ちょっと素振りしてくるわ」と言ってでも外に出よう。
狙い通り作戦はうまくいき、母に悟られることはなかった(と思いたい)。車庫の前で落ち合った僕らは、キョロキョロと辺りを気にしながら軽トラに乗り込む。
バンッ、カチンッ、キュルルルー、ブーーゥン。
じいちゃんのマニュアルさばき、もはや神技。ローではなく(ギア)セカンドで発進。サードを飛ばしてトップへとシフトを動かす。
二人で目指すは、田畑の大海原を抜けた先にある大秘宝「炭酸」。数キロ先にある自販機の炭酸なのだ。

軽トラに揺られること数分。ハンドルをぐるぐる回して窓を開けると、夕日の光とともに、稲や土や草木の香りが流れ込んでくる。
二人きりになると、祖父は仕事の話をしてくれた。田んぼの水加減で米の出来が変わるとか、木を切るときは倒す方向を先に決めておくとか。「へえ」「そうなんや」と一丁前に返してはいたけれど、小学生の僕には正直さっぱり。
でも、祖父のそんな話を聞くのが好きだった。祖母や両親の前ではいつも険しい顔をしている祖父の和らいだ顔を、独り占めできるのだから。しわしわをさらにしわくちゃにした目尻、笑う口から見える銀歯、方言まる出しの言葉ひとつひとつ。
そんな祖父とドライブをしながら炭酸を買いに行く。これはもう、最高以外の何ものでもなかった。
たばこ屋に到着し、自販機で110円のサイダーを買った。軽トラへと戻り、走り出してすぐさま飲む。
ぷしゅっ。ごくごくごく、ぷふぁ〜。
すると、ふわっと何やら匂ってくる。買ったばかりなのに、じいちゃんの香りがする。「え、なんで?」と首をかしげながら、もうひと口。持っていた炭酸をドリンクホルダーに置いて、しばらく考える……。
「あ、そっか!」と、手のひらをポンッと叩いた。この軽トラのなかには、じいちゃんの軍手や長靴が転がってる。家の土間と同じ。あのダンボール箱と同じ。だから、じいちゃんの香りがするんだ。
ごくり。ごくり。ごくり。
目が開けられないくらいの風を顔全体に受けながら、じっくり味わう。軽トラの助手席で飲む炭酸……。縁側で飲むいつものそれとはちょっと違う特別な味がした。
僕は今でも炭酸が好きだ。
カロリーを気にしてコーラやサイダーやファンタはめっきり飲まなくなったけれど、炭酸水だけは毎日欠かさず飲んでいる。
案の定、骨が溶けて消えるという母の予言は外れた。そして、30年前のあの頃の記憶もまた、シュワシュワと消えることなく残ったままだ。
「じいちゃん。あの炭酸、また一緒に買いに行こうよ」
僕は墓前で手を合わせた。
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