朝型でなくても大丈夫。夜には夜の縁がある
「朝の気を逃すと、良い縁を逃す」
そんな話を聞いてしまい、朝型に憧れる私は 「やっぱりそうなのか…😳」 となった。
たしかに、身体のリズム的にも朝型の方が良いと思う。
そして、神道っぽい話になると「そうした方がいいのかな」と思ってしまう自分もいる。
でも、、、
夜の方が、制作が進む。
理由はたぶんシンプルで、昼は人間界のログイン要求が多すぎる
家のこと。
仕事のこと。
細かい用事。
誰かへの対応。
夜になると、やっと 自分にログインできる 感覚がある。
朝には物語がある。じゃあ、夜は?
朝には「清らか」「始まり」「朝の気」みたいな、なんとなく神聖な物語がある。
じゃあ、夜側の物語ってないのかな?
少し調べてみたら、月読命(ツクヨミノミコト)という月の神様に出会った。
月読命という神様のこと
月読命は、アマテラス(太陽・昼の神)、スサノオ(嵐・海の神)と並ぶ「三貴子」のひとり。イザナギが黄泉から戻り禊をした際に生まれた、夜の世界と月を司る神様。
面白いのは、月読命が神話の中でほとんど語られない**"静かな神"**だということ。古事記・日本書紀において、登場シーンが極端に少ない。
でもその沈黙が、かえって 「内省」「見えない世界」「深い静けさ」 のイメージに繋がっている気がする。
ある神話では、食物の神を怒りで斬ってしまい、アマテラスに「もう顔を合わせたくない」と言われ、昼と夜が分かれた——という話も残っている。
つまり月読命は、昼の世界から"切り離された"存在でもある。
これって、すごく腑に落ちる話だと思った。
昼=アマテラスの世界=社会・関係・役割・ログイン要求の嵐
夜=月読命の世界=静寂・内省・創造・直感
天然石、ことば、創作。
こういう"見えないもの"と向き合う時間が、私にとってなぜか夜の方がしっくりくるのは、もしかしたらずっと前から、月読命の隣にいたからなのかもしれない。
そして、、、
月読命の「ツキ」という響きも面白い。
日本語では、「ツキ」は月であり、運のことばでもある。
そう思うと、夜が運から切り離された時間とも言い切れない気がしてくる。
朝の気を逃すと、縁を逃すというなら、 夜には夜の縁がある。
月読命が繋ぐ縁は、静かで、深くて、長い。
……けど、やっぱ朝型に憧れる(笑)
ARYA

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