山梨の格闘ゲームここ10年について

※本稿は、筆者個人の目線から見た山梨格ゲーシーンの記録であり、私自身の主観に基づいた物語です。

1. 「名前を知らないライバル」として過ごした歳月

私の格ゲー人生は、常に「外様」だった。 かつての地元のゲームセンター。そこには、名前も知らないまま何百回と拳を交えてきた猛者たちがいた。敵対していたわけではない。同じゲームを愛するライバルだというリスペクトは確かにあったが、言葉は交わさない。同じ空間で熱を共有しながらも、一定の距離を保つ。それが、当時の私と地元のコミュニティとの関係性だった。

2. 訪れた空白 ― 格ゲーからの引退

しかし、その日々も一度は終わりを迎える。私生活の変化などが重なり、私は一度、格闘ゲームの世界から完全に身を引いた。数年の空白期間、かつてのライバルたちのことも、格ゲーの熱も、日常から完全に消えていた。

3. 【復帰編】友人の誘い、そしてオンライン世界1位へ

そんな私を再び呼び戻したのは、一人の友人からの誘いだった。「また一緒にやろうぜ」――その一言が、止まっていた時計の針を動かした。復帰後の相棒に選んだのは『UNDER NIGHT IN-BIRTH(UNI)』。ミカちゃんを相棒にオンラインのRIPランキングではミカの一位にまでなっていた。

4. 【遠征編】東京勢との絆、そして全国行脚で見つけた理想

再び「外の世界」へ。まずは東京で多くの仲間ができた。そこから活動範囲は北は北海道、南は福岡まで全国へと広がった。大阪をはじめとする各地で、常に仲間が熱を分かち合える拠点を目の当たりにし、「これこそが理想郷だ」と確信した。

5. 運命の乱入 ― 再会の始まり

そんなある日、たまたま訪れた地元のゲームセンターで、かつてと変わらずそこに座り続ける「あの時のライバル」を見つけた。私は言葉よりも先に、隣の筐体に座りコインを入れた。「乱入」――。沈黙を破って初めて彼に話しかけた。この瞬間こそが、山梨のシーンを再び動かす最初の火種となった。

6. 【再会編】懐かしい顔ぶれと、最初の「新しい風」

その再会を機に、山梨のシーンは一気に動き出した。そこで集まった面々は、20年以上前から言葉も交わさず戦っていた戦友たちだった。ようやく言葉を交わしたとき、そこにあったのは深い納得感だった。さらにここに次世代の新しいプレイヤーたちも加わり、コミュニティは未来へと向かって動き出した。

7. 【越境編】「山梨勢」として外へ ― 交流戦とトッププレイヤーとの絆

コミュニティが固まると、今度は山梨の仲間を連れて外の世界へ打って出るようになった。新宿、町田、藤沢……。各地の対戦会に乗り込み、隣県との交流戦も展開した。そこには、各地のトッププレイヤーたちの力添えもあった。彼らとの絆は、私たちの視座をさらに高くしてくれた。

8. 【草の根編】泥臭い対戦会と、eスポーツ協会との連携

しかし、地元には「最新環境がゲームセンターに出ない」という大きな壁が立ちはだかっていた。家庭用でしか遊べない最新バージョン。私たちは自分たちでレンタルスペースを借り、機材をすべて持ち寄り、設営し、片付ける。この泥臭い「草の根の対戦会」こそが私たちの原点となった。この熱量はやがて山梨県eスポーツ協会との連携へと繋がっていく。

9. 【継続編】「甲府101」での日々、そして「チベッタ」との運命の出会い

私たちは場所を「甲府101」に移し、対戦会を継続することに心血を注じた。それと並行し、オンライン大会運営組織にも加入。そしてこの時期、のちのホームとなる「推喋処Civetta(チベッタ)」のオーナーさんと運命的な出会いを果たす。

10. 【転換編】仲間と創った「部室」、そしてスト6への決断

そんな中、山梨のUNI勢が発端となり、自分たちの拠点を構えることになった。通称「部室」。そこは誰かに与えられた場所ではなく、私たちが自分たちの手で作り上げた城だった。私はそこでひたすら『UNI』をやり込んだ。 ただ自分が、大好きなこのゲームを最高の環境で楽しみたかった。その一心だった。 しかし、『ストリートファイター6』の波が訪れたとき、私は大きな決断を迫られた。愛したタイトル、そして共に「部室」を創り上げた仲間たちとの時間を大切に思いながらも、山梨の格ゲーの未来を創るためにメインタイトルを移行した。それは、過去を背負いながら、未来の「場所」を守るための、格ゲーマーとしての選択だった。

11. 【山スト編】停滞からの脱却と、Discordサーバーの構築

『スト6』への移行に伴い、私たちは新たなコミュニティ「山スト(山梨ストリートファイター)」を立ち上げた。 この時、活動の核として「山梨スト6 Discordサーバー」を開設。当初は身内の集まりだったが、このデジタル上の拠点が呼び水となり、新しいプレイヤーたちが続々と合流してくれた。彼らの熱気と、かつての戦友による「チベッタでやってみないか?」という一言。あの時のオーナーさんとの出会いが、サーバーを通じて繋がった新しい仲間たちと共に、一本の線になった。

12. 【飛躍編】「FC山梨」の誕生と、かげっちさんの招致

さらなる転機は、甲府駅の喫茶店で訪れた。私は立川bridgeのオーナーさんと向き合い、山梨での「FC」立ち上げを決意。さらには、格闘ゲーム界のレジェンド・かげっちさんとともに、正式に「FC山梨」としての活動をスタートさせた。 これにより、その場所は「日常的な熱狂の場」へと変貌を遂げた。普段の対戦会から県内・県外を問わず多様なプレイヤーが足を運び、対戦会を開催すれば県内外から山梨を訪れる。孤独な「外様」は、もうどこにもいない。

13. 現在:加速するオンラインとオフラインの連動

現在、山梨の格ゲーシーンはかつてないほどの熱量を帯びている。 構築したDiscordサーバーは盛り上がり、夜な夜なオンライン対戦の声が飛び交っている。オンラインで絆を深めた仲間たちが、当たり前のようにオフラインの場に集結する。このデジタルとリアルの幸せな融合こそが、今の山梨の強みだ。 私たちのホーム「推喋処Civetta」には、県外からの遠征勢も普通に来店し、若手から古参のベテランまでが同じ画面を見つめている。 私たちのモットーは、「普段は仲良く、対戦中は真剣に」。 切磋琢磨することで誰もが強くなれる。そんな最高の「山梨の環境」が、ついに根付いたのだ。

14. 結び:感謝を力に、山梨の未来へ

最後に、心からの感謝を伝えたい。いま私を支えてくれているみんな。そして過去、筐体で出会ってくれたすべてのプレイヤーたち。誰一人欠けても、この「山梨の環境」は実現していなかった。あの時、誰かがボタンを押してくれたからこそ、今の景色があるのだと強く確信している。

「山梨に、格闘ゲームができる場所を作りたい」 ただその一心で、自分が一番楽しみたいからこそ走り続けてきた、この濃密な10年。すべての「縁」と「執念」、そこで出会った皆様への感謝を胸に、私はこれからもこの場所を守り、繋いでいく。

「対戦、お願いします」 その言葉の先に、かつてはなかった「最高の絆」が、今は確かにここにある。


あとがき

長い自分語りに最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。 いろいろと格好をつけたことも書きましたが、私の原動力はいつだって「格ゲーを全力で楽しみたい」という、ただそれだけのシンプルなものです。

この熱がどこまで続くかはわかりません。 でも、少なくとも『ストリートファイター7』が出るまでは、私は全力でやり続けます。

そして、最後にこれだけは伝えさせてください。 私がこの10年で一番感謝しているのは、あの日、山梨のゲームセンターでUNIをプレイしていた「爆天さん」です。

彼がずっと山梨の火を絶やさずに続けていてくれたからこそ、山梨の格ゲーは再び息を吹き返しました。もし、あの日あの場所に彼がいなければ、今の山梨はありません。

それ以外にも、この10年で私と関わってくれた全ての人がいなければ今の山梨はないと思っています。
本当にありがとう。
これからもよろしく。

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