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届かないかもしれないけれど。


ほうじ茶さんの『どこかでちょっとずつ傷ついてるやさしいみんなへ』を読んでいます。


買ってから1カ月以上経つけれど、まだ読み終わらないというか、読み終わってしまうのが惜しいというか。
ちょっと疲れた日のお守りにしたい本で、ゆーっくり少しずつ読み進めています。

作者のほうじ茶さんも、出てくる人たちも、とても優しいのだろうなと思えて。
ひとつひとつが心に響くような、大切に受け止めたいような言葉たちが並ぶ様子は──なんだかnoteみたいです。


“世界が突然嫌になったらケーキを食べるし、
傷ついてうぉんうぉん泣いた時は、
欲しいもの2000円以内で
何か一つ買ってもいいことにしている。
今日は、フルーツタルトを食べて、
『魔女の宅急便』のジジのマグカップ買った。
全然まだ悲しいけれどタルトは美味しかった。
そんな風に誤魔化しながら生きてる。”

『どこかでちょっとずつ傷ついてるやさしいみんなへ』より


たまに“自分へのご褒美”や“自分をいたわるため”みたいな名目で甘いものを買うと、少しだけ気が咎めてしまって。

だって 何も頑張ってないし、普通に過ごして疲れきっているだけ。
いやいや、それでご褒美は違うんじゃない? 当たり前でしょ? みたいな。

そんな思いを真っ向から否定するでもなく、考えを一方的に押しつけるでもなく。
ときどき目を逸らすことまで含めて、それでよかったのかなって思えます。

だから、仕事帰りにバウムクーヘンを買ってしまう自分を責めなくてもいいことにしました。

「おつかれさま」と言えない代わりに、今日を生き抜いた自分への ささやかな贈りもの。



ちなみに…僕は優しくないのです。
優しくありたいとは思っているけれど、なかなかいつもそうはできなくて。

本のタイトルの“やさしいみんな”には当てはまらないけど、読んでいて何度か泣きたくなりました。

だからたぶん、ちゃんとやさしい方が読んでくだされば、大いに刺さるのではないかな。

周りのことを考えて、息をするように自然に、優しく振る舞える人は本当に素敵だし、尊敬したいから。

この本を読むでも何でもいいけれど、とにかくそんな人こそ、救われてほしいなと願ってしまう。


つらいことがあった日には それ以上の良いことがあってほしいし、疲れてしまった日には 思い切り自分を甘やかしてからゆっくり休んでほしい…。

価値がないと思ってしまっても 全然完ぺきでなくても、いてくれるだけで嬉しいよって伝えたいです。


薄っぺらいかな。嘘っぽいかな。
そもそも僕の言葉なんて届かない、のかも。

それでも、この本を読んで 誰かのしあわせを祈ることを覚えたから。
ちょっと真似してみたくなった。



このところ誰かの言葉に心を揺さぶられることが多くて、たまに視界がぼやけることも。

それは、みなさんが優しくて素敵だからなんですね。僕も見習いたいなと思うくらいに。

だからというわけでもないけれど。
ときどき、そっと 祈っています。

みんなに 良いことありますように。

毎日が穏やかで やさしいものでありますように、と。



このnoteみたいな本を知ったのは、noteの街でのことで。
何度も読み返していたら、本のタイトルが頭に残っていたみたい。

素敵な本に出会えてとても嬉しいです📚
本当にありがとうございます。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました☘️