【1歳子持ち33歳で離婚危機】⇒無職⇒派遣⇒正社員になるまで。
子持ち無職、夫からまさかの告白
もし、令和のこの今、1歳子持ち無職なら、
どんな働き方をしていただろうと、時々思います。
私が30代前半だった2000年代はもちろん
「出社」が常識でした。
出産後、新たに職に就こうとする女性は、
派遣やパートの短時間をしている人が
とても多かったです。
かくいう私も、派遣の仕事から
社会復帰をしました。
そもそも、事の発端は、出産し、
子供が1歳過ぎたころから、
家の中が何となく重い空気だなと
感じることがあり、
それを察知してしばらくして、
夫から「思っていた生活とちがう」と言われたことです。
「ん?」
意味が分かりません。
ただ、その少し前から、週末になると
眉間にしわを寄せて
寝そべり、ソファを占領していました。
仕事で疲れているから、休みたいのかな、
と気を使って、
私一人で、子供と外に出るようにしていました。
それにしても、変な空気、不穏な空気、
重い空気で、
その時は、すごく仕事が大変でしんどいんだと
思って、疑っていませんでした。
実際は、そうではなく、
「思っていた生活と違った」らしいです。
そして、「このまま一緒にいてもなんか違うから、別居して離婚をしたい」と言われます。
何が「なんかちがう」のかって、
それは、子供が生まれると、
子供中心の生活になるし、
大人中心の生活から一変します。
夜泣きもあるし、私は寝不足で、
それまでの家事を100としたら、
いきなり半分くらいの
パフォーマンスになっていたと思います。
例えば、洗い物をするとして、
途中で泣かれて抱っこしたりしてると
中途半端なところで置いたまま、余裕で1時間、
2時間過ぎていきます。
自分も疲れてるから、
一緒に寝てしまったりもありますし。
もちろん、それ以外に、買い物にいったり、
ご飯作ったり、
その他、名もなき家事など、
無限にやることはあります。
それを以前のようにできないフラストレーションも最初のうちはあったけど、ある程度、
できないものはできないとして、慣れていきます。
泣き声とかドタバタ感は、
ある一定期間はしょうがないです。
夫は、別の部屋で寝ていたし、
私と子供が寝ていた部屋から遠いので、
夜泣きもそんなに聞こえなかったと思うし、
子供生まれたからと言って、
何か家事をしてくれていたわけでもないし、
なんですけどね。
当時の私は、子供を持ったら、
親になれば男女同じレベルで
その辺も自然と理解でき、
順応するものだと普通に考えていました。
現実は、全然そんなことないんですね。
つきっきりで世話をしている人は、夜泣きや、
色んな事も含めて慣れてくるし、
あるいはそれも込みで愛おしく感じると思います。
夫は、泣き声がうるさい、
その他のドタバタも何か落ち着かない、
と思ったんでしょうね。
私は、私がこれだけがんばってるのに、
ていうんじゃなく、
「同じ気持ちでいてくれてなかった」
ましてや、そんなことで「別居や離婚」
なんてことが、口に出たことが、
表現できないくらいショックでした。
子どもが生まれたら、
ある一定期間そういう状況になるのは
当たり前、と思ってたから。
人生で経験したことのないショックでした。
1歳の目の離せない乳飲み子を抱えて、
自分のことも1年くらい身を構っていなくて
ズタズタの私を目の前にして、
非情でしかないと思いました。
その話の翌日、世の中は普通にいつもと変わらない朝で、
私だけ、別世界に存在しているかのようで、
昨日のことは現実かと、間違いではないのかなと、
嘘であってほしいと、そんなことを考えていると
何もしないまま夕方になっていました。
そこからは、本当に途方にくれました。
どうやら、夫は本気のようだ。
1歳の乳飲み子と、無職の私を捨てる気満々なのだ、と。
子持ち無職、窮地での決断
そこを自分の中で確信を得てしまった、
得たくはなかったけど、
そうわかってしまったので、
一日放心状態で過ごしたあと、
すぐに「働こう」と思いました。
自分一人だともっと悲しみに暮れていたかもしれなかったけど、
息子がいる、犬も一匹いたんですね。
この3人が離れずに生きていけるようにしないといけない。
とすぐに思いました。
今思うと、これが「母は強し」なのかもしれません。
ただ、その頃から、それまでに経験したことのない頭痛に見舞われます。
多分というか絶対という自信があったのですが、
夫から「別居、離婚」と持ち出されたことが、
人生で最高レベルのストレスだったので、
その表れとして頭痛として出た思います。
そうは思っても、偶然、そのタイミングで脳に何か病気を発症していては、ますます、生きていくのが大変になるので、すぐにMRIを撮ってくれるクリニックを探しました。
たまたま、そう遠くないところにすぐに検査をしてくれるクリニックをみつけました。
ただ、そこでもすぐに行けないのが子連れなんですね。ましてや乳飲み子なので。
そのクリニックが公共交通機関で行くと遠回りで、不便なところにあり、しかも夕方しか予約枠が空いてなくて、1歳児を連れて行くのはまるで登山にいくくらい無理な話に当時の私は感じました。
病院に行こうと思っても、パッと行けないのが、
お母さん、なんですよ。
夫は、その頃、自分のタイミングでタバコ吸ったり、コーヒー飲んだりしていたわけです。
わからんでしょうね。こういう女性の立場が。
で、預け先を探すのですが、
それまでは視界に入ってなかったのですが、
別居・離婚モードに入ってから、
急に、近所の風景で、保育園らしき場所だったかも!とある場所が浮かびました。
いつも散歩のコースで、ベランダに動物や花の模様がガラスに貼ってあるところがあって、
きっと無認可保育園に違いないと思って、
調べました。
当たり!でした。
マンションの一室なので、
無認可と思ったわけです。
電話をして訪問すると、アットホームな雰囲気で、
安心して預けられそうで、月極めですぐ契約しました。
病院に行ったり、これから就職活動で一人で動いていかないといけないので、よさげなところがあれば契約したいと思っていました。
頭痛になったことで、爆速で探し当てることができたわけです。
前後しましたが、無事に子供を預けて、
MRIを撮ることができ、
脳には異常がありませんでした笑
そうだとは思っていたけど、万が一、
こんな時に私の身に何かあったら、
この子はどうなっていくんだという絶望に近い感覚があったので、保育園探すところから、
すごいパワーが要ったんですが、
あの頃の私は、ものすごい負のパワーに支えられ、
何でもできた感じでした。
子持ち無職、マイナスからの職探しスタート
そこからは、インターネットで職探しがはじまります。
子どもを預けて働くことになりますが、
子どもも私もいきなり一日預けて働くのは、
疲れ果てて、共倒れになる可能性を考えて、
午前だけor14時までor15時までくらいの短時間の仕事を探すことにしました。
しかし、1歳の子供がいるとわかると、
ほんと採用に至りません。
面接までこぎつけたとしても、
「子供さんに何かあった時は誰か見てくれる人はいますか」
というお決まりの質問を受けて、言葉に詰まります。
だって、いないから。
ここで、「親」について。
夫の両親は、当時ですでに亡くなっていません。
私の両親は健在でまだ働いていたし、
元気でしたが、実家は遠いです。
そもそも私は実家に言うつもりはありませんでした。
理由は、私の母親がとても厳しい人だったから。
1歳の子がいる状況で別居や離婚の感じになってるというと、良い方に働く気が全くせず、むしろ私にとって無駄に強烈なストレスを変に増やすだけだなと思っていました。
「世間体」がまず全面に出てくるので、
私の大変さを理解するとか、ましてや応援してもらえるという気が全くしなかったので、
親には言わず、今住んでる場所で、
公的なサポートや友人を頼って頑張って
いこうと思っていました。
ただでさえ、計り知れない闇とストレスにさらされているのに、自らそれ以上のストレスにさらすのは、ない選択でした。
約20年経った今でも、親にはあの頃のことは言っていません。
親にも助けてもらうことを想定しなかったこともあり、早々に預けて働くという判断に至ったのもあります。
子持ち無職、数打って当てていくしかない
2か月くらい、数えきれないほど、
インターネットから応募して、
なんとかやっと短期の派遣の
仕事の採用いただけることになりました。
派遣会社の担当の方が若い女性の営業さんで、
私のように子持ち女性の派遣さんを何人も担当されていて、
その方の派遣先への後押しもあり、
採用が決まったと思います。
いいか悪いか、短期で2か月くらいの期間限定だったので、
心理的にも負担が少なかったです。
派遣先は、紙を作っている会社で、
仕事は事務でした。
職場の方も良い方ばかりで、一度子供の発熱で
休むことがありましたが、休むこともでき、
本当にすべてにありがたかったです。
短期の派遣に決まったものの、
すぐに終了が見えていたので、
ずっと仕事探しは続いていました。
当時は15時までの仕事で、
帰りにカフェかデパートでウィンドウショッピングすることが、
貴重な息抜きの時間でした。
帰って、お迎えに行ってから子供が寝るまではノンストップですから。
ブランクがあったところから、
短期の派遣で働いている、
という実績ができたことにより、
次の仕事は割とすんなり決まりました。
大手保険会社の14時までの事務でした。
その会社は、時短の女性パートをたくさん採用していており、
自社の派遣会社をもっており、
私もそこに登録して派遣されたのですが、
交通費の支給があったり、福利厚生がよく、
人生を考えるには、ちょうど良いなと思いました。
ちなみに、夫は、私は短期の派遣で働き始める少し前に家を出て一人で住み始めました。
子どもと犬と私の三人暮らしがスタートしていました。昼間に求人を探し、面接になれば、一時保育に子供をあずけて、面接に行くということを繰り返していました。
わかってはいたものの、想像以上の厳しさでした。
私の個人的な感覚ですが、
当時の30過ぎは今の40過ぎくらいの扱いです。
短期の派遣を経て、大手保険会社の長期契約の派遣で続けて決まりましたが、当時は母子家庭に向けて
頭の中も切り替えてる途中で、
闇の中で歩いているような感覚で、
経験したことのない不安、
しかも親にも言ってないので、
一人で孤独すぎて、激痩せしていました。
次の職場は大手保険会社だったので、
主婦の派遣さんがたくさんいて、
先輩ママさんがほとんどだったので、
小さい子供いるという事で、
とても気遣って下さったり、
楽しくランチしたりと、私の精神衛生上、
とても助かりました。
この時期に、その職場に居れたことで、
やっと頭の中がクールダウンでき、
落ち着いて生活がすることが
できるようになりました。
子持ち無職、正社員への道
日中、職場に居るときは、一時的に楽しく時間が
過ぎていく日々ではあるけれど、
ずっと時短の派遣のままではいけない、
というのが心の中心になり、
母子家庭で生きていこうと心に決めていたので、
離婚を見据え、派遣ではなく正社員を目指すことにしました。
正社員の仕事を探すにあたり、
これは長い闘いになるかもしれない、
33歳、普通の労働市場から見ると、
しかも出産している女性は、
今から正社員になんてなれるわけないよね、
というのが当時の世間の空気感でした。
私もどこかでそう思っていたところはありました。
一生、正社員は無理かもしれないと思う反面、
40代、50代よりは若く、急がなければいつかは
チャンスが巡ってくるかもとも思い、
ポジティブに考えて、
長期戦として腰を据えて頑張ることにしました。
覚悟も決まり、生活にも慣れて、
正社員の仕事探しというメインテーマを抱えながらも、
昼間の派遣の職場も充実し、
子供も保育園では毎日散歩とお昼寝、
色んな遊びがあるので、生活が整い、
どこか日常は楽しくなり、
夫のことは、全く考えなくなりました。
夜は息子を寝かしつけたら、
パソコンで目を皿のようにして
ひたすら求人を探しました。
そして、長期の時短の仕事を始めて
二ヶ月経った頃、家から近いところに、
事務で正社員の求人を見つけます。
これが、その後17年働くことになる会社でした。
それまでもいくつか受け、
面接までこぎつけたのが2件ほどありましたが、
残念な結果が続いていました。
前職の会社に2008年2月に応募します。
少しして連絡があり、面接にこぎつけます。
実はその日38度の熱がありました。
多分受からんと思うし辞めようかな、
と直前まで思っていましたが、
正社員の面接までいけることは、
この先もそうないと思い直し、
とてもしんどかったのですが、
何とか面接に行きました。
そこから3ヶ月音沙汰がなく、
乳飲み子がいる30代は無理かと諦めていたら、
ある日見知らぬ携帯番号から電話があり、
その会社から合格の知らせでした。
ついに正社員の座を掴み取ります。
まさか自分がこの年齢で正社員になれる。
なれたんだと思うと、
天にも登る気持ちとは、このことかと。
最初大きく動いた半年でした。
そして、この年リーマンショックが起きます。
入社してから言われたのですが、
求人が出されたのが、2007年末。
年明けから応募が集まり、4月に選考があり、
もし、あと少し時期がずれていたら、
採用もなかったかも、と。
この後、世の中かリーマンショックで
また就職氷河期と言われる時代になります。
ほんとに間一髪でした。
「これで自分の足で歩いて行ける」
まず、そう思いました。
その会社は、プライム企業の子会社でした。
その後すぐに事業編成で、本体の事業部となり、
プライム企業の正社員となりました。
もし、母子家庭になるなら、大手で働くことは、
計り知れない安心感があります。
将来ローンを組むとしても、
大手で働いていると信用があるし、
強い見方を得た気分でした。
専業主婦から急転直下で、何の準備もなく、
急に谷底に落とされたところから、
何とか這い上がりました。
この時点で、自分の親にも報告はせず、
1人で必死でもがかいてたどり着きました。
とにかくすぐ頭を切り替え、
30代だから子持ちだからと、
自分で決めつけて悲観的にならない。
良いか悪いか子供も1人だから身軽!
とポジティブに捉えて前だけを見ていました。
その時の運や色々要素はありますが、
絶対正社員になる!
その信念だけは貫いていたので、
天に通じたのかもしれません。
今、似たような境遇にいる方、
必ずしも正社員を目指すのではなくても、
自分でこうしていこう!
と決めた道がすでにあるなら、
とにかく不利であろうが、
とにかくそのゴールだけを見据えて
前を向いて進んでみてください。
諦めたらそこで終わりですが、
諦めなかったら、きっとたどり着きます。
長くなりましたが、ここまでお読みくださり
本当にありがとうございました😊
