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世界で一番の「ハッピーアイスクリーム」|エッセイ(#創作大賞2026)

娘と一緒に山の中腹の公園に来ていた。雑木林に囲まれた公園からは小さな田舎町が一望できる。
「お母さんの友達があそこに住んでたの」
「その話、何回も聞いた。……大事な友達だったの?」
「ハッピーアイスクリームを一番言った友達」
「えー、知らない」
「お母さんが子供のころ、同時に同じ言葉を言うと『ハッピーアイスクリーム!』って言ったのよ」

(親友とは呼ばせてもらえなかったけど)

 公園にくる坂道の途中、親友(仮)Mちゃんの住んでいた家の前を必ず通る。当時は田んぼに囲まれ、見晴らしのよかった彼女の家。彼女の家の周りで、二人で桑の実を頬張って歩いた。今では住宅が立ち並ぶ、その通りにひっそりと彼女の家はまだある。

 目を閉じれば、Mちゃんがグレーのギャザースカートを履いて、はにかんで笑う姿が今もはっきりと見える。裾がスカラップになっていて、華奢な白いレースが揺れていた。

 そのスカートを私の濃いグレーのスカートと交換して、自転車に乗って、一緒に町に出かけたりした。

 中学校に入学して、すぐには友だちができなかった私に、やっとできた友だちがMちゃんだった。私が『ゆう』で、Mちゃんには『りん』というニックネームをつけて呼び合った。

 植物に詳しいMちゃん。その辺に生えている雑草の名前を次々とあげていく。
 神社の境内で、「これはカタクリの花だ」とMちゃんが言うので、根っこを掘り起こして、片栗粉を作ろうとしたこともあった。結局、片栗粉は抽出できなかった。
 私たち二人は、数年前に廃部になった園芸部を立ち上げようと、先生方に頭を下げて回った。それまで園芸には全く興味がなかった。立ち上げようと思ったのは、Mちゃんの影響だ。
 顧問を引き受けてくれる先生は見つからず、私たちはおとなしく美術部に入部した。

 文章も絵も抜群に上手だったMちゃん。本もたくさん読んでいた。Mちゃんに影響されたものが、その後の人生の指針になっていることに驚く。
 一番影響を受けたのは、成田美名子先生の『エイリアン通り』。この漫画が私の進路を決めることになった。

 そのうち、Mちゃんをはじめ何人かの仲間ができた。みんなで花見に行ったり、浴衣を着て花火を見に行ったりした。体育館を借りてバスケや卓球をしたこともあった。

 Mちゃんとの忘れられない思い出は、施錠した学校の図書館に忍び込んだこと。
(もう時効だからいい?(笑))
 放課後、図書館に学生カバンを忘れて、取りに戻ると図書館が施錠されていたのだ。
(カバンを忘れたのは私だっけ?)
 そこでMちゃんと私は外階段から窓枠をつたって、鍵が開いてる窓から図書館に忍び込んだ(注:2階)。
 どうやって図書館から出たのかは、もう覚えていない。

 何回も「ハッピーアイスクリーム」を言って、帰った学校の帰り道。私は心からMちゃんを親友だと思っていた。
 あるとき、Mちゃんに軽い気持ちで聞いてみた。
「私たち、親友だよね?」
「……そう言うの、好きじゃない」
びっくりした。てっきり『うん』という返事が返ってくると思ったからだ。
 そのときから少しずつ距離を置くようになり、クラスも違って、Mちゃんと一緒に帰ることもなくなってしまった。

 高校も別々になり、ますます疎遠になった。お互い趣味や興味も変わっていった。
 それでも仲間で集まるときは、わいわいと賑やかに騒いでいて、友だちのつもりでいた。

 ところが、高校を卒業して、彼女が実家ごと県外に転居したとき、彼女は仲間の誰にも連絡先を教えずに転居してしまったのだ。携帯やメールもなく、住所と家電でしか連絡することができない時代だった。
 そのときMちゃんのお母さんが言っていたことを思い出した。初めて家に遊びに行ったときのことだ。Mちゃんは小学生のとき、この町に転校してきた。
「前の学校にお友だちがいて『転校しても、ずっと友だちだよ』って手紙を送ってくれたんだけど、だんだん手紙が来なくなったの。それで、Mはすごく傷ついて……」
 だから誰にも連絡先を言わずに消えたのかもしれない。
 『親友』って言葉も薄っぺらく聞こえたに違いない。
 なんで気がつかなかったんだろう。

 彼女が卒業して数ヶ月後、偶然彼女に繋がるメモをもらった。同じ高校に進学した美術部の後輩が、職員室に行ったとき、たまたま彼女から来ていた手紙を目にして、住所をメモしてくれていた。町のイベントで、偶然後輩と会ったとき、そのメモを私に渡してくれたのだった。
 でも彼女に連絡していいのか迷った。引っ越し先を誰にも知られたくなくて、消えた彼女に連絡していいのだろうか。
 傷ついた彼女をまた傷つけることになったら……。
 私も大学に入学し、彼女のことは気になりつつも、新しい生活の中で時間が過ぎていった。
 結局、彼女に連絡したのは卒業してから一年以上経ってからだった。

……出した手紙は宛先不明で戻ってきた。

 それでもみんなで集まるたびに、探偵ナイトスクープに応募して、Mちゃんを探してもらおうという話になった。でもこの町は大阪から遠い。取材に来てくれるのは難しいんじゃないかと、実際に応募することはなかった。

 二十歳過ぎて、連絡が取れなくなった仲間がもう一人いた。私たちは目撃情報を得て、突撃訪問して仲間を見つけた。私たちは、Mちゃんだって見つけたと思うよ。

 ときどき彼女の名前を検索するけど、何も引っかからない。女性だから姓も変わってるかもしれない。

 『エイリアン通り』のセレムみたいに消えちゃった彼女。
 シャールはセレムを引き留められたけど、私の手は、もう彼女に届かない。

 でもMちゃんの選択は正解だったのかもしれない。もっと大人になった私たちは、方向性やライフスタイルの違いから、少しずつ距離ができてしまった。

 あのとき、Mちゃんと交換したスカートはもう持っていない。

 目を閉じると、青葉色の田園風景と風にゆれるMちゃんのグレーのスカートのスカラップと白いレースが鮮やかに見える。

 綺麗な思い出の中に、Mちゃんが変わらずにいるのだ。

りんへ

ゆうはここにいるよー。
りんのこと、ずっと探してる。

私も傷つくのが怖かったの。ごめんね。

親友(仮)の(仮)を外してもいい?

ゆうより



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