「温めますか」に、少し迷う
朝七時。
フロアに灯りをつける。
奥の席に、いつもの数人がもう座っている。
おはようございます、と小さく交わす。
それ以上は、お互い聞かない。
昨夜届いた顧客のメールに、返事を打つ。
十時、若い声でフロアがにぎやかになるころ、私は謝罪に向かう。
頭を下げ、解決策を示し、会社の誰かの失敗を自分の言葉で引き受ける。
それが仕事だと、もう体が覚えている。
十七時。「お先に失礼します」。
笑って、お疲れさま、と返す。
本心だ。早く帰れる職場を、私たちが作ってきた。
誰も悪くない。
ただ、机の上の仕事は、帰らない。
クレーム対応を終えたのは二十二時。
フロアには、朝と同じ顔ぶれだけが残っている。
お先に、と声をかけると、お疲れさま、と返ってくる。
朝と同じ、それ以上は聞かない挨拶。
私たちは名前より先に、灯りの消し方で覚え合っている。
帰り道、コンビニで弁当を買う。
「温めますか」
少し迷って、お願いします、と答える。
考えてみれば、今日はじめて、私のための質問だった。
朝からずっと、誰かのための返事ばかりしていた。
家に着くころには、冷めている。
知っている。知っていて、それでも温めてもらう。
袋の底に残るぬくもりだけを、連れて帰る。
何度頭を下げたか。何を飲み込んだか。
数えているのは、私だけでいい。
朝五時、目覚ましが鳴る。
働き盛り、という。
盛りとは、力があふれる季節のことだと思っていた。
違う。
降りられない理由が、いちばん実る季節のことだ。
