29.命日
2009年8月25日 午前5時55分
彼女は、亡くなった。
結婚10年目であった。
死因は、肺がん。
余命半年と告げられてから、1年と4か月。
彼女は、本当に、本当に頑張ってくれた。
彼女にとっての最後の数か月は、とても辛く、苦しい時間だった。
肺がんが進行すると、左右の肺に水が溜まっていった。
呼吸をしているのに苦しい。
息を吸っても、身体に十分な酸素が取り込めないためだ。
酸素飽和度を示す数値も、常に90%台前半だった。
数字だけを見ても、俺にはその苦しさを想像することしかできない。
でも、彼女の姿を見ていれば分かった。
息をしているのに、息が苦しい。
そんな状態を、彼女は何か月も耐え続けた。
普通なら、とても耐えられないような苦しさだったと思う。
それでも彼女は、生きようとしていた。
「あの子達を残してくたばるわけにはいかない。」
強い女性だった
俺たちには、まだ未来があると思っていた。
だから、俺も諦めるわけにはいかなかった。
⸻
俺は、がんという病気について必死になって勉強した。
健康な身体では、細胞が一定のサイクルで生まれ、働き、そして役目を終えると死滅していく。
そうやって、身体全体のバランスが保たれている。
ところが、がん細胞はその秩序から外れてしまう。
本来なら止まるはずの増殖が止まらない。
身体の中で増え続け、周囲の臓器や組織に影響を及ぼしていく。
NK細胞という言葉も知った。
免疫についても調べた。
医学書や文献を読み漁った。
医療関係者の話を聞いた。
とにかく、彼女を助ける方法を探した。
西洋医学だけではなく、東洋医学についても調べた。
温泉の効能について調べたこともあった。
「これが効くかもしれない」
そう聞けば調べる。
「この治療法がある」
と聞けば、また調べる。
何か少しでも、彼女を良い方向へ持っていくきっかけがあるのではないか。
そんなことばかり考えていた。
医学的に正しいのか。
科学的な根拠があるのか。
そんなことは、どうでも良かった
ただ一つ。
彼女の細胞なんだから…
自分で作り出しているんだから…
自助努力で治せる…
と信じていた。
彼女に生きてほしい。
それだけだった。
できることは何でも試した。
さまざまな治療や施術を受けてもらった。
俺たちが求めていたのは、たった一つ。
完治。
それ以外にはなかった。
「まだ何かあるはずだ」
「何かを変えれば、良い方向に向かうかもしれない」
そう信じていた。
だから、諦めなかった。
余命半年と言われてから、1年と4か月。
彼女は、それだけの時間を生きてくれた。
その時間が、医学的にどう説明できるのかは俺には分からない。
奇跡だったのか。
彼女自身の生命力だったのか。
治療の効果だったのか。
そのすべてだったのか。
ただ、確かなことが一つある。
彼女は、最後まで生きようとしていた。
そして俺も、最後の最後まで、彼女が助かることを信じていた。
だからこそ――
「告知を受けた、4月11日、そんなこともあったね」と笑える日が来ると。
肺に水が溜まり、レントゲン写真を見ると、右の肺が真っ白になっていた。
普通に考えれば、絶望してもおかしくない状況だったと思う。
でも、不思議なことに、俺には絶望感がなかった。
彼女も同じだった。
二人とも、もう覚悟を決めていた。
必ず治る。
そう信じていた。
医学的にどうなのか。
医師から何を言われたのか。
そんなことよりも、
「絶対に治す」
「絶対に元気になる」
その気持ちだけで、毎日を過ごしていた。
だから、二人でよくこんな話をしていた。
「いつか元気になったらさ……」
「そうしたら、あの4月11日のことも笑い話になるよね」
「『あのときは大変だったね』って」
そう言って、二人で笑った。
あの日。
突然、病気を告げられた4月11日。
人生が一瞬で変わってしまった、あの日。
今はこんなに苦しいけれど、
いつか必ず、
「あのときは大変だったね」
「そんなこともあったね」
そう笑いながら振り返る日が来る。
俺たちは、本気でそう信じていた。
だから、レントゲンで肺が真っ白になっていても、俺たちは前を向いていた。
怖くなかったわけじゃない。
辛くなかったわけでもない。
ただ、
「まだ終わっていない」
そう思っていた。
彼女が生きようとしている限り、俺も絶対に諦めない。
二人でそう決めていた。
その気持ちだけを頼りに、一日、一日を積み重ねていった。
しかし、
俺たちの願いとは裏腹に、がん細胞の増殖を止めることはできなかった。
モルヒネを大量に使う日が続いた。
意識が混濁した状態も、何日も続いていた。
食事も、何日もほとんど食べていない。
そのうち歩くことも難しくなり、トイレにも行けなくなった。
それでも俺は、血液検査の結果を毎回気にしていた。
数値が少し良くなれば喜び、悪くなれば落ち込む。
悪い数値が出れば、
「ここが悪いんだ」
と、その箇所に対応すると言われていたツボを調べて、彼女の身体をさすったり、押したりした。
何か一つでも、彼女のためにできることがあるはずだ。
そう思い続けていた。
そんな状態の中、一度、入院先から自宅へ帰ることになった。
久しぶりの自宅。
そして、子供たち。
彼女は、子供たちと楽しい時間を過ごした。
しかし――
容体は、突然急変した。
救急車を呼び、病院へ向かった。
その日は、たまたま彼女のご両親も一緒だった。
病院に着き、そのまま三人で彼女の病室に泊まることになった。
俺は、いつものように血液検査の結果を確認した。
そして――
仰天した。
数値が、ものすごく良かった。
「改善に向かい始めたのか?」
そう思った。
ここ数日、あれだけ悪かった数値が、まるで嘘のように改善している。
俺は、ご両親にも、
「この数値なら、もう心配ないと思います」
そんなことを言った。
そのときは本気でそう思った。
時間も遅かったため、ご両親もそのまま病院に泊まることになった。
俺も彼女のそばにいた。
酸素濃度。
心拍数。
何度も確認した。
そして、あることに気づいた。
心拍数が、少しずつ下がっている。
最初は気のせいだと思った。
看護師さんにも伝えた。
でも、特に大きな処置が行われることはなかった。
俺は、またしばらくして確認した。
そして1時間後。
やっぱり下がっている。
また確認する。
さらに下がっている。
錯覚ではなかった。
間違いなく、心拍数が下がっていた。
俺は、ご両親を起こした。
「心拍数が下がり始めています」
そう伝えた。
そして――
ついに、心拍数が一桁台になった。
「看護師さん!」
俺は呼んだ。
看護師さんが駆けつけ、心臓マッサージを始めてくれた。
必死に蘇生を試みてくれた。
でも――
心臓は、動かなかった。
悲しかった。
あまりにも悲しかった。
まさか。
数時間前まで、
「大丈夫だ」
と思っていた。
血液検査の数値だって、ものすごく良かった。
「これなら、またよくなる」
そう思っていた。
それなのに。
ほんの数時間後には、目の前で彼女の心臓が止まろうとしている。
信じられなかった。
でも――
それが現実だった。
俺は、彼女のそばに寄った。
まだ、わずかに心拍が残っている。
もう時間がない。
何を言えばいいのか分からなかった。
言葉にならなかった。
ただ、彼女に顔を近づけた。
そして――
最後に、彼女へ口づけをした。
「ありがとう」
そう心の中で伝えた。
そして、俺たちは別れなければならなかった。
あれほど、
「4月11日のことも、いつか笑い話になるよ」
そう二人で話していたのに。
その「いつか」は、もう来なくなってしまった。
