治安庁介入編|エピソード椎(Shii) Vol.2 ~学園での接触~
優しい木漏れ日が降り注ぐ、とある日の午後―
ラグズフォート学園の中庭は、事件という言葉から最も遠い場所のように見えた。
そういう場所ほど、厄介なことが隠れているものだ。
「広くて素敵な学園だね、なんだか平和そうだし」
椎の少し後ろで橅が呟いた。
指先には細い煙が揺れている。
「まあ雰囲気は…な」
椎は短く答えた。
追っているのは一人の記者の殺人事件、被害者の名は蔦—
事件の直前、彼女はこの学園を嗅ぎ回っていた。
その調べはついている。
やがて、椎と橅は中庭のベンチに座る二人の生徒を見つける。
一人は本を開き、もう一人はスマホを片手に何かを話している。
どこにでもある学園の光景。
椎と橅は、その何気ない一場面の前で足を止め、その二人に治安庁のIDカードを示す。
「どうも。少しいいかしら… セントラル治安庁・特殊事案捜査室です」

倫が、パチリと目を瞬かせた。
「治安庁…?」
梛は、読んでいた本を閉じなかった。
ただ、ページに落としていた視線をゆっくりと上げる。
セントラル治安庁・特殊事案捜査室—
その名を聞いた瞬間、梛の中で空気の温度が一段下がった。
治安庁の中でも、通常の事件では動かない部署。
そして、velvetに関わる案件を捜査する唯一の捜査機関。
なぜ、その部署の人間が自分たちの前に立っているのか。
偶然か。
それとも―。
梛の指先が開いた本の端を静かに押さえた。
椎は、懐から一枚の写真を取り出した。
白い手袋に挟まれたその写真を二人の前へ差し出す。
「この女性に見覚えは?」
倫の目が写真に吸い寄せられた。
写真には蔦 の姿ー
次の瞬間、倫の表情が分かりやすく変わる。
「!! つっちゃんだ! …あっ…」
声を上げた直後、倫は慌てて口を押さえた。
velvetに関わっている以上、余計なことを言うな、余計な反応をするな。
日頃から彩に散々言われていることを、倫はこの瞬間に思い出した。
だが、時すでに遅し。
驚きも、動揺も、知っているという事実も。
その全てが、あまりにも分かりやすいリアクション。
梛は横目で倫を見る。
「なんでこの人は…こういう時に限って、分かりやすいの?」
心の中で静かに絶句した。
けれど、その素直さに何度か救われてきたことも否定はできない。
「…君は、知っているという反応だね?」
椎の声は、淡々としていた。
責めるでもなく、急かすでもない。
ただ、目の前の反応を事実として拾っている。
「友人?」
椎は倫に問いかけた。
「…知っているというか、友人というか…」
珍しく小声になる倫。
「ここ数か月前に出会って、学園で会った時にはよく話す仲かな…です」
最後だけ取ってつけたように丁寧語になる倫。
そんな倫を見て、梛は思わず笑いそうになった。
こんな状況でなければ、たぶん笑っていただろう。

「そうか…」
椎は表情を変えない。
短く頷き、写真をわずかに下げる。
「では、この女性が記者で、この学園に潜入取材していたということは知っているかな?」
「ええっ!?」
倫の声が、また中庭に響いた。
「つっちゃんって記者だったの!? てっきり、この学園の生徒だと…」
その言葉に、梛はようやく口を開いた。
「あなた、気づいていなかったの?」
おそらく今日初めて発した声だった。
「…え?」
倫が、ゆっくりと梛を見る。
梛は本を閉じ、淡々と続ける。
「少なくとも学生という感じではなかったでしょう」
梛の声は静かだった。
その静けさの中に、わずかな呆れが混じっていた。
そのやり取りを目のあたりにしていた椎の視線が梛へ寄った。
そんな三人のやり取りを、日焼けを嫌う橅は木陰で静観していた。

燻らせたタバコ煙が、午後の光に溶けて細く揺れる。
橅のその鋭い眼光は、梛だけに向けられていた。
つづく—
~Fragment Log~
治安庁とは
この作品の世界において、
『治安庁』とは現実世界でいう警察のことである。
治安庁には、セントラル、ノースゲート、イーストラインなど、管区ごとの組織が存在する。
その中でも、椎と橅が所属するのは、セントラル治安庁・特殊事案捜査室。
通常の事件では動かない、特殊な案件を扱う部署である。
彼女たちが現場に現れる時点で、その事件はすでに通常の枠を外れている。
秘密結社velvetに関わる案件を捜査する唯一の捜査機関でもある。

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