社会事業家という選択 【♭01】|「社会起業家」で検索して、心が折れた話
深夜、スマホで「社会起業家 なり方」と検索したことはありませんか。
きっかけは人それぞれだと思います。
ニュースで見た誰かの苦しみかもしれない。友人の何気ない一言かもしれない。あるいは、自分自身が誰かに助けられた経験かもしれません。
その気持ちを形にしようとして検索した先に出てくるのは、法人設立の手順。資金調達の話。事業計画書の書き方。
読み進めるうちに、静かに心が冷えていくのを感じませんでしたか。
「自分には、無理だ…」
株式会社を作る余力もない。NPO法人を立ち上げる時間もない。融資を受けられる実績もない。
それどころか、「自分なんかがやっていいことなのか」という声が、頭のどこかで響き始める。
何かを変えたいと思っただけなのに、いつのまにか「自分には資格がない」という結論にたどり着いてしまう。
この感覚を、覚えている人は少なくないはずです。
でも、ここで一度、立ち止まってみてほしいのです。
その挫折は、あなたの覚悟が足りなかったからではありません。
「社会起業家」という言葉そのものが、最初から重い前提を背負っているからです。
世の中の「社会起業家」の定義は、ほぼ共通してひとつの条件を含んでいます。
それは、事業として仕組み化し、法人としてビジネスを成立させること。
つまり「社会起業家になる」というのは、暗に「起業する」こと――会社や団体を興すことを意味しているのです。
これは、「誰かの役に立ちたい」と願うすべての人に、本当に必要な条件なのでしょうか?
隣に住む人が困っていると知って、まず一食分だけ届けてみた人がいます。個人で不登校の子どもの居場所をSNS上に開いた人がいます。
資格も資本金もないまま、目の前の誰かのために小さな仕組みを動かした人がいます。
ただ、「これを続けよう」決めた。
それだけです。
法人格を持たなくても、資金調達をしなくても、動かせる小さな仕組みがある。
「社会起業家」という言葉に心が冷えたあなたにも、実はもう一つ、選べる道があります。
その輪郭を、次回、一緒にたどっていきます。
