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パソコンがほしい!だいたい、16キロバイトで未来を買っていた。

子どもの頃、私にはどうしても欲しいものが一つだけあった。


パソコンである。


小学二年生の頃、通りがかりのパソコンショップでNECの「PC-6001mkII」を見た瞬間、魂を抜かれた。


ゲームができるからではない。


「自分でプログラムを作れる。」


その一言で、完全にやられた。


画面に「10 PRINT "HELLO"」と打てば文字が出る。


「20 GOTO 10」と打てば延々と流れ続ける。


今なら「だから何?」で終わる話だが、小学生の私は「人間が神になれる機械だ」と本気で思っていた。


もちろん親に頼んだ。


「パソコン買って。」


しかし現実は甘くない。


本体が約9万円。モニターは別売り。全部そろえると13万円近い。


昭和の13万円である。


今で言えば「子どもがゲーミングPCと最新iPhoneと4Kモニターをまとめて欲しい」と言い出すようなものだ。


当然、親は眉一つ動かさない。


「ダメ。」


この一言で毎年終了。


それでも私は懲りない。


誕生日。


「何が欲しい?」


「パソコン。」


クリスマス。


「サンタさんに何お願いする?」


「パソコン。」


正月。


「お年玉で何買う?」


「足りないからパソコン。」


もはや季節の風物詩だった。


そんなある日、奇跡が起きる。


MSXという、子どもにも何とか手が届く価格のパソコンが現れたのである。


そして小学五年生。


ついに我が家へやって来た。


SONYのHitBit。


段ボール箱を開けた瞬間、私は未来を開封した。


……と思った。


ところが、その未来は今から見ると、とんでもなく貧弱だった。


メモリー16キロバイト。


メガではない。


ギガでもない。


キロである。


キロ。


文字数にすると一万字ちょっと。

スマホの着信音より少ない容量であろう。

しかもハードディスクは存在しない。


電源を切る。


終わる。


人生リセットである。


保存し忘れたら、何時間入力していても「はい、ご苦労さま」で全部消える。


さらにモニターが高い。


そこで両親がどこからか探してきたのは、年季の入った14インチのブラウン管テレビ。


これが私の最新鋭モニターだった。


画面は小さい。


文字はにじむ。


でも、それが未来だった。


極めつけは保存方法である。


USB?


クラウド?


そんな文明はない。


普通のテープレコーダーだ。


プログラムを保存すると、


「ピーーーー、ヒョロロロロ……ピーヒョロヒョロ……」


部屋中に、故障寸前のUFOみたいな音が響く。


数分待つ。


祈る。


そして読み込む。


「device i/o error」


終わった。


三時間かけて打ち込んだプログラムが、宇宙の彼方へ旅立つ。


今なら発狂する。google悪評価、星1つとクレーム確定だ。


しかし当時の私は違った。


「あーあ。」


そう言って、また最初から打ち始めるのである。


子どもというのは、希望だけで動ける生き物なのだ。


16キロバイトしかなくても、ブラウン管テレビでも、保存はカセットテープでも、私には十分だった。


あの小さな箱の中には、インターネットもAIもなかった。


でも、未来だけは、確かに詰まっていたのである。

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