詩 『フロローの告白—主よ、あわれみたまえ—』
フロローの告白
“Kyrie eleison”。
私は全能の神に従う僕。
無垢な羊を導く羊飼い。
私は神を愛する僕。
神の名のゆえに彼女を弾劾する。
私はエスメラルダに惹かれた。
彼女の体と情熱的な舞は、
私の欲望を燃え上がらせる。
彼女の匂いは、乳香のようだ。
快い香りが、私を罪に誘う。
彼女は自由と謙遜の象徴。
彼女の言葉は聖母にも届く。
同時に彼女は私の罪の投影。
彼女を見ると胸が高鳴る。
胸の高鳴りは私にとって罪。
彼女への情欲は禁断の林檎。
罪は私の良心を沈黙させる。
林檎は私の欲望に火を付ける。
罪は神への小径になり得るか。
彼女を通して私は神を愛せるか。
それでも私は彼女を焼き尽くす。
罪に汚れた醜い自分に嫌気が差す。
だからこそ私は正義を証明する。
神の名の下に、彼女を断罪する。
神による “Damnatio a Deo.”
裁かれるのは私か、彼女か。
私は地獄に堕ちるべきなのか。
だが、もう私の心は地獄の炎だ。
私の信仰と生命を焼き尽くす業火。
ああ、教会の鐘が鳴る。
ノートルダムの鐘が、パリ中に響く。
この鐘の音が意味するもの。
それは、赦しか。
それとも、裁きか。
ああ、主よ。
エスメラルダに火による浄化を。
彼女に永遠の安らぎを。
主よ、罪人に裁きを。
主よ、義人に祝福を。
O, Beata Maria semper Virgo,
ora pro me peccatore,
intercede pro me peccatore.
“Mea culpa, mea culpa,
mea maxima culpa.”
🕯️あとがき🕯️
この詩は、ディズニー映画『ノートルダムの鐘』に触発されて書いた詩です。
聖職者フロローの姿に、自分自身の罪の意識、欲望、そして責任の転嫁による堕落を重ねました。
神を愛したいのに、それを阻むのは自らの中にある欲望。
愛と憎しみが同時に燃え上がる。
断罪の名のもとに、自分をも他者をも地獄に落とす。
―それでも、私は祈りたい。
“Requiem aeternam dona eis, Domine”。
彼や、彼のような人たちのためにも。
永遠の安息がありますように。
あなたなら、フロローを赦せますか?
欲望と信仰の間で揺れた経験、あなたにもありますか?
