空間は「飾る」のではなく「削り出す」ものである――実務者が解剖する、建築家・手嶋保の「圧倒的な質量」と静謐なる陰影
今回は手嶋保(てしま たもつ)氏を紹介しようと思います。
伊礼智氏が、徹底的な線の整頓とルールの仕組み化によって「誰もが良質な居心地にアクセスできる引き算と洗練の真理」を提示したとすれば。 中村好文氏が、人間の弱さやルーズさも含めて生活を肯定し、「小屋の秘密基地のようなワクワクと人間臭いユーモアの真理」を提示したとすれば。堀部安嗣氏が、断面の抑揚とプロポーションによって「時間を完全に味方につけるタイムレスな佇まいと、精神の治癒という真理」を提示したとすれば。
手嶋保氏の手掛ける建築は、現代の私たちがいつの間にか忘れてしまった、ごまかしや飾りが一切通用しない「彫刻のように削り出された、圧倒的な空間の質量と密度」という真理を、私たちに突きつけてきます。
手嶋保氏は、日本近代住宅の父であり、戦後の住宅設計に計り知れない影響を与えた巨匠・吉村順三(よしむら じゅんぞう)氏の設計事務所に在籍された、まさに吉村順三の直系を受け継ぐ継承者の一人です。 しかし、手嶋氏の作品が放つ空気感は、単なる吉村スタイルの踏襲では決してありません。
氏が設計した空間に身を置いた時、人は何を感じるのでしょうか。 それは、外の騒がしい世界の音や時間が完全にストップしたかのような、深い静寂です。そして同時に、背筋がスーッと伸び、まるで伝統的な寺院の本堂や、静まり返った現代美術館に足を踏み入れ、素晴らしい絵画を前にした時のように、自分の呼吸や心臓の鼓動が穏やかに整っていくような聖域の居心地を覚えます。
本記事では、実務者の視点から、建築家・手嶋保氏のすごさの正体を解剖します。 「ペラペラの現代住宅とは対極にある空間の質量感」から、「妥協を一切許さないディテールと枠廻りの修練」、そして「明るさを捨てて光の尊さを際立たせる陰影の美学」まで紹介します。
第一章:吉村順三の直系DNAと、彫刻のように削り出された「空間の質量」
1. 吉村順三事務所での修練と受け継がれた「人間の身体感覚(ヒューマンスケール)」
手嶋保氏の建築を理解するためには、まず彼が青年期を過ごし、設計実務の骨格と精神性を徹底的に叩き込まれた場所――吉村順三設計事務所という存在を避けて通ることはできません。
吉村順三氏といえば、日本人の暮らしに即した温かみと、徹底して「住む人の立場に立った心地よさ」を追求し続けた偉大な建築家です。吉村建築の根底に流れているのは、決して見栄や権威を誇示するためのデザインではなく、人間が人間らしく安らかに眠り、食事をとるための「ヒューマンスケール(人間の尺度と身体感覚)」の徹底的な尊重でした。
座った時、立った時、歩いている時に、人間の視線はどう動き、どこに抜けるのか。
手で触れる階段の手すりやドアノブの太さは、どれほどが最も心地よいのか。
低い天井に守られる安心感と、そこから開放される高窓への抜けをどう作るか。
手嶋氏は、この吉村事務所の厳しい現場と実務の中で、人間が本能的に感じる心地よさの寸法や、自然の光と風の読み方といった「住宅設計の黄金のDNA」を全身の細胞に刻み込みました。 しかし、手嶋氏の偉大さは、吉村順三という巨大な師の模倣にとどまらなかった点にあります。吉村氏から受け継いだ「温かく、人に寄り添うヒューマンスケール」の骨格の上に、手嶋氏は自身の美意識である「ストイックなまでの静けさ」と、「空間全体の密度を高める独自の削り出しの手法」を融合させ、誰にも真似のできない唯一無二の到達点へと飛躍したのです。
2. ペラペラの石膏ボードで囲う現代住宅とは対極にある「塊(マッス)」の美学
私たちが現代の一般的な新築住宅に入った時に感じる、どこか空々しく、軽薄で浮き足立った感覚――その正体の多くは、家全体が「ペラペラの薄い板を組み合わせた、中空の張りぼてのハコである」という構造に由来しています。
現代の住宅工法は、工期短縮とコストダウンを極限まで進めた結果、柱や壁の厚みを必要最小限に抑え、表面を工業的に生産された均一なシートやボードで覆い隠すスタイルが主流となりました。見た目はきれいで整っていますが、そこには「物質としての圧倒的な存在感や重み」が欠落しています。人が歩いたり声を出したりすると、どこか音が軽薄に反響し、空間そのものが頼りなく感じられるのです。
一方、手嶋保氏が設計した空間に一歩足を踏み入れると、全く異なる物理的な感覚――言葉にするならば、「空間全体が、一つの大きな無垢の木の塊や、深い石のブロックから彫刻刀で丁寧に削り出されたかのような、圧倒的な質量と密度に満ちている」という衝撃を受けます。
手嶋氏は、空間全体を極めてシンプルで端正な幾何学的な骨格で組み立てますが、一つ一つの壁や梁、屋根の架構に、通常の住宅とは比較にならないほどの「確かな厚みと深さ」を持たせます。 壁は単なる部屋を仕切るためのついたてではなく、家を大地にしっかりと接地させ、住まい手を完全に守り抜くための重厚な壁体として存在します。その分厚い壁が作り出す深い開口部の影、天井を支える太く美しい無垢の梁、そして床に敷き詰めた重みのある素材。
この空間の質量があるからこそ、建物は単なる雨風をしのぐシェルターを超え、人間が自分の人生や生命の尊厳を丸ごと預けることができる、包容力を獲得するのです。
3. 「囲まれ感」と重心のコントロール――人はなぜ、厚みのある空間に包まれると安心するのか
手嶋氏が手掛ける住宅の図面や断面を見ていると、現代の「とにかく広く、仕切りのない大きなワンルームが良い」というトレンドとは明確に一線を画す、絶妙な囲まれ感が仕掛けられていることに気がつきます。
広すぎる空間は、時として人間の心に不安や孤独感をもたらします。野生の動物が、だだっ広い平原の中央で安心して眠ることができず、岩の隙間や木の根元の「囲まれた狭い巣穴」に入って初めて深い眠りにつくのと同じように、人間もまた、「適度に背中を守られ、自分の手が届くスケールで囲まれた空間」に身を置いた時にこそ、最も深いリラックスと安心感を覚える生き物なのです。
手嶋氏は、リビングやダイニングという大きな主空間の中にも、少し天井を落とした小さなアルコーブを作ったり、窓際に造作の低いベンチを組み込んだり、あるいは階段の踊り場に小さな書斎コーナーを設けたりと、人間が自分の身体をすっぽりと収めることができる、親密な囲まれ感のある居場所を丁寧に散りばめます。
そして、その空間を貫くもう一つの決定的なルールが、低重心の美学です。 窓台の高さ、家具の座面の高さ、照明器具を吊るす高さ、そして天井高。すべてが現代の一般的な基準よりも数センチから十数センチ低い位置へと落とし込まれています。 重心が低く設定された厚みのある壁と天井に優しく包み込まれ、床に近い位置で落ち着いた時、人の意識は自然と足元の大地へと繋がり、日々の社会で消耗し浮き足立った神経が、穏やかに静まり返っていくのです。
第二章:一切の逃げ場を許さない誠実すぎるディテール
1. 「見えなくなる下地や納まり」にこそ宿る、建築の品格と凄み
設計実務者たちが、手嶋保氏の仕事を前にして敬意を抱く最大のポイント――それは、間違いなく「ディテール(詳細部の納まり)の、異常なまでの誠実さと緻密さ」にあります。(私も初めて『住宅建築』という雑誌で氏のディテールを見た際は、とても引き込まれました)
家づくりにおいて、「ディテール(詳細図)」とは、壁と床がどうぶつかるか、窓枠が壁とどう繋がるか、ドアの蝶番や取っ手をどう納めるかといった、数ミリ単位の接合部の設計のことです。 一般のお施主様の目には一見付きにくい部分ですが、実はこのディテールにどれだけ執念を注いだかによって、その建物が放つ「空気感の美しさ」や「品格」、そして「50年後の耐久性」が変わってきます。
現代の効率化された住宅設計の現場では、多くの場合「ここは完成すれば隠れて見えなくなる場所だから」「複雑な納まりにすると大工さんの手間がかかってコストが上がるから」という理由で、既製品の大きな部材で隙間を覆い隠したり、簡略化された納まりで逃げたりすることが日常化しています。
しかし、手嶋氏の設計には、こうした「妥協や逃げ場」が存在しません。 氏が引く膨大な枚数の「詳細図(実寸大や1/5スケールの図面)」を見れば一目瞭然です。完成してしまえば誰の目にも見えなくなる壁の裏側の気密・断熱層の納まりや、外壁の通気層と雨水の仕掛け、建具の戸袋の内部のクリアランス(隙間)に至るまで、すべてがミリ単位で計算し尽くされ、誠実に描き込まれているのです。
「見えない部分だからこそ、ごまかさない。下地と骨格が本物でなければ、表層にどんな高級材を貼っても偽物の空間にしかならない」――そのストイックすぎるほどの誠実な設計態度が、建物全体に宿る、理由のない説得力と、凛とした佇まいを生み出しています。
2. 建具・開口部・枠廻りの修練――「線・チリ・面」をコントロールする執念
住宅設計において、最も設計者の腕とセンスが露呈する場所があります。それが、窓やドアといった建具の枠廻りの納まりです。 何も考えずに既製品の窓枠やドア枠を取り付けると、壁面から枠が数センチ出っ張ったり、段差(チリ)がバラバラに生じたりして、空間には数多くの無駄な線(視覚的なノイズ)が発生します。手嶋氏はこの「線と面」のコントロールをかなり細かな形で行います。
壁と枠の面落ち(フラット化): 壁の漆喰や木の仕上げ材と、建具の木枠との段差を極限までゼロに近づけ、まるで壁面の中から直接ドアや窓が切り取られたかのような、ノイズのない静かな面をつくります。
見付け(正面から見える幅)の最小化: 窓のサッシ枠や鴨居(かもい)・敷居(しきい)の幅を、構造的な強度を保てる限界まで細く削り落とすことで、ガラス越しに見える庭の緑や空の風景を、いささかも邪魔することなく室内に導き入れます。
引き込み戸(隠す美学): 室内を区切る建具の多くに「引き戸」を採用し、しかもそれらが全開した時に、壁の間の戸袋へと完全に隠れて見えなくなるように設計します。扉を閉めれば断熱と静寂を守る個室となり、扉を完全に引き込めば、家全体が風と光が通り抜けるワンルームの開放空間へと瞬時に変貌するのです。
この、数ミリ単位のチリや目地を整え抜く執念は、設計者だけでは到底実現できません。その厳しい図面の意図を正しく読み取り、ミリ単位の精度で木を加工し、納めていく一流の大工職人や建具職人との対話があって初めて形になります。 手嶋建築のディテールとは、設計士の美意識と職人の誇り高い手仕事とが、極限までぶつかり合って結晶化した、まさに現代の工芸品なのです。
3. 家具と建築が一体化する、造作の美学と空間の整合性
手嶋保氏の住宅を拝見する時、もう一つ私たちの目を奪って離さないのが、建築そのものと完全に一体化して設計された、造作家具の美しさです。
一般的な家づくりでは、建物本体はハウスメーカーで造り、ダイニングテーブルやソファ、収納棚は、完成した後にインテリアショップに行って別々に買ってくるという手法が取られます。しかしこれでは、どんなに素敵な家具を選んだとしても、建物の壁の寸法や窓の高さと微妙に合わず、デッドスペースが生まれたり、空間のトーン(木の色や質感)にちぐはぐさが生じたりしてしまいます。
手嶋氏は、図面を描く初期段階から、そこに置かれるべきダイニングテーブル、ダイニングチェア、本棚、ソファのフレーム、さらにはキッチンの作業台や食器棚に至るまで、建築の骨格と同時に設計し、同じ無垢の木材を削り出して造り付けます。
ソファの背もたれが、そのまま窓枠の下端(窓台)と美しい水平ラインで繋がる。
キッチンの吊り戸棚が、天井の梁の高さと完全に一致して収まり、空間に溶け込む。
階段の手すりや踏み板が、リビングを彩る美しい彫刻家具として機能する。
家具が建築という大きな空間の中の「異物」ではなく、建築から生え出た「骨格の一部」としてデザインされることで、室内からは一切の無駄な隙間や段差が消滅します。 空間全体に完全なる秩序と整合性が生まれ、「ここに何一つ付け足すものも、ここから何一つ引き算するものもない」という、静けさと完成度が手に入るのです。
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