「COBOLは将来性がない」は本当か ― 2026年にあえて考える「2025年問題から見るレガシー技術者の市場価値の変化」
「COBOLは将来性がない」、その言葉を鵜呑みにしていないか
SESやSIerの現場にいると、「COBOLはもう将来性がない」「レガシー技術しか触っていないと転職で不利になる」という話を、誰かしらから一度は耳にするのではないでしょうか。現場の雑談や転職エージェントとのやり取り、ネットの記事などで、似たような言葉を見聞きした人は少なくないはずです。
正直に言うと、私自身もこの言葉を聞いてモヤモヤした経験があります。長年同じシステムに向き合ってきた実感と、外から言われる評価との間に、どこかズレを感じてしまいます。ただ、その「将来性がない」という評価は、誰かがきちんと検証した上での結論なのでしょうか。よく考えてみると、多くの場合それは断片的な情報や周囲の空気から積み上がった印象論に近く、一次情報にあたって確かめた人は意外と少ないのではないかと思います。今回はこの言説を一度立ち止まって眺め直してみたいと思います。
なぜ「COBOL=将来性がない」と語られやすいのか
求人票を眺めていると、Java・Python・クラウド関連の案件が目立ち、COBOL案件はどこか隅に追いやられているような印象を持つ人は多いでしょう。転職活動をしているときの私もそう感じた一人です。
目に入る情報が新しい技術に偏れば、「今はモダンな技術を扱える人材の方が市場価値が高い」という受け止め方が広まりやすくなるのは自然なことです。転職エージェントとの面談で、モダン技術の経験を優先的に聞かれたという話を耳にすることもあり、そうした一つひとつのやり取りが「レガシーは不利」という印象を強めていくのかもしれません。
こうした空気は、業界全体でも「新しい技術=価値が高い、古い技術=価値が低い」という単純な評価軸として受け止められがちです。もちろん実際の案件数やニーズの内訳まで細かく検証した上での話ではなく、あくまで求人票や周囲の反応から積み上がった体感的な印象に近いものです。とはいえ、この体感が積み重なることで、「COBOLに将来性はない」という言葉が、あたかも確定した事実のように扱われてしまう場面は少なくないように思います。
『2025年問題』とレガシーモダン化の動き
一方で、業界では「2025年問題」という言葉も時々耳にしました。老朽化した基幹システムの刷新・モダン化が必要になってくる、という文脈で語られることが多い言葉です。2026年になった現在も同一の内容が語られることを耳にした人も多いと思います。
正確な中身を説明できる人は意外と少ないかもしれませんが、「そろそろ古いシステムをどうにかしないといけない」というニュアンスで使われている印象があります。
興味深いのは、この文脈の中で「COBOLで書かれた既存システムを理解している人材」に、モダン化プロジェクトの現場で改めて声がかかる、という見方も一部で語られていることです。新しい技術に置き換えるにしても、まず今動いているシステムの仕様や癖を理解している人がいなければ、移行プロジェクトそのものが成り立たない、という理屈のようです。私自身の実感で言えば、この理屈には頷ける部分があります。ただしこれはあくまで私個人の受け止め方であって、業界全体の総意として断言できるものではない、ということは付け加えておきたいと思います。
だとすれば、「レガシー技術=お荷物」という単純な図式は、実は一面的な見方に過ぎないのかもしれません。少なくとも、「古い技術を触っている=市場価値が下がる一方」と決めつけるには、まだ早いという声があることは知っておいて損はないでしょう。もちろん、こうした話も業界の一部でそう捉えられているという範囲の情報であり、すべての現場に当てはまる確定的な予測というわけではありません。それでも、「レガシー=価値がない」という一方向の見方だけで自分のキャリアを判断してしまうのは、少しもったいないように思います。
技術名だけで市場価値を語るのは早計ではないか
ここからは私個人の見方になりますが、そもそも「COBOLができるか、できないか」という技術名だけで市場価値を語ろうとすること自体に、無理があるのではないかと感じています。技術は道具であって、その道具をどう使ってきたかという文脈が抜け落ちた状態で優劣をつけるのは、少し乱暴な議論のようにも思えます。
長年同じシステムを保守してきた人は、単に「COBOLが書ける」というだけでなく、業務仕様の把握、障害発生時の切り分け、他部署や顧客との折衝、モダン化プロジェクトが動く際の橋渡し役といった、技術名では表現しきれない経験を積んでいることが多いです。こうした経験は、履歴書の「使用技術」欄には収まりにくいのですが、実際の現場では地味に効いてくる部分だと思います。
「将来性がない」と言われているのは、もしかするとCOBOLという技術そのものではなく、「技術名だけで自分の価値を説明しようとする姿勢」の方なのかもしれません。同じ経験をしていても、それをどう言葉にして伝えるかで、周囲からの評価は変わってくるように感じています。技術名を並べるだけで終わらせず、その中でどんな役割を担い、誰とどんな調整を重ねてきたのかという経緯まで言葉にできるかどうかで、面談での受け取られ方はおそらく変わってきます。
「思い込み」を一度脇に置いてみる
ここまで、業界でよく耳にする見方をいくつか紹介してきました。「COBOLは将来性がない」という言葉は確かによく聞きますが、その裏側には「レガシーを理解している人材が改めて必要とされている」という、もう一つの見方も存在しています。どちらか一方だけが正しいというより、両方の見方が並行して語られているというのが、実態に近いのかもしれません。
そう考えると、「COBOLだから将来性がない」と決めつける前に、一度その思い込みを脇に置いて、自分の経験を技術名以外の軸で棚卸ししてみる価値はあるはずです。何年その業務に関わってきたか、どんな障害やトラブルに対応してきたか、誰とどんな調整をしてきたか。そうした軸で見直すと、これまで「地味な仕事」だと思っていた経験が、意外と別の意味を持って見えてくるかもしれません。
すぐに答えが出るテーマではありませんが、「思い込みを一度疑ってみる」だけでも、気持ちの持ちようは少し変わってくるのではないでしょうか。焦って今の技術を手放す必要はなく、まずは自分の経験を別の角度から見直すところから始めてみてもいいはずです。
まとめ ― 見方が変わりつつあることを知った次は
この記事でできたのは、「COBOLは将来性がない」という言説を、業界で語られている別の見方と突き合わせて整理し、思い込みを少しほぐすところまでです。「では実際に、自分の経験をどう言葉にすれば市場価値として伝わるのか」という具体的な話は、また別の問いになります。
その問いについては、私自身の三次受け・金融系・COBOLというSES経験を、実際に転職市場でどう言葉に翻訳したかという例と、経験を棚卸しするためのワークシートを、有料noteの方でまとめています。技術名を並べるだけでは伝わらなかった部分を、どんな言葉に置き換えたのか、具体的な過程も含めて書きました。業界の見方が変わりつつあることは分かりました。次に気になるのは、自分の経験を具体的にどう言語化するかという点ではないでしょうか。そこに関心が向いた方は、あわせて読んでみてほしいと思います。
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