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青いターバンの意味は?


フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展図録、朝日新聞社、2026年

大阪中之島美術館で噂の《真珠の耳飾りの少女》(青いターバンの少女)を見てきた。1980年にマウリッツハイス美術館で見て、先日も書いたように2000年に大阪市立美術館で対面した。それ以来である(2012年にも来日しているが見ていない)。

最近、徹底的に補修されたということで、色彩も鮮明になり細部が明らかになっているようだが、どうも、しっとりした感じは失われたように思う。まあ、それは仕方ないことではあるけれども。

二週間ほど前に「ターバン vs 真珠」を投稿したとき《ターバンというのはオランダでは珍しかったから、当時の人なら(今でもそうかもしれないけれど)、まずターバンに注意を引かれたに違いなく、フェルメールがそこに何か意味を持たせていることは間違いないと思われる。》と書いておいたが、その意味が何か、ということが、詳しく今展の図録で論じられている。

それは宮下規久朗氏による「振り返るシビュラーーフェルメール《真珠の耳飾りの少女》をめぐって」である。簡単に紹介しておく。詳しくは図録を入手されんことを。

まず、フェルメールに先行して描かれていた、振り返るターバンの少女という作品「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」を挙げる。1599年、ベアトリーチェは暴力的な父を母とともに殺したことで斬首された少女。悲劇のヒロインとしてロマン主義時代には非常な人気を博したという。この少女を描いた肖像画は長らくグイド・レーニ作とされていたものの、現在ではボローニャの女性画家カントフォーリ(上の図版キャプションではカンフォーリとなっているが、カンフォーリが正しい)が1650年頃に描いたという説が有力になっているとか。フェルメールの少女に先立つことおよそ15年。たしかにポーズは似ていると言える。


ティツィアーノ「男の肖像(アリオスト)」(c.1510)

振り返る肖像画にはティツィアーノ「男の肖像(アリオスト)」(c.1510)やラファエロ「ビンド・アルドヴィーティの肖像」(c.1515)があり、レンブラントは前者を1639年にアムステルダムで実際に見て、同じ格好の振り返り自画像を描いているし、レンブラントの弟子ホーファールト・フリンクも似たようなポーズの「犬を抱く少女」(1630s)を何点も描いたそうだ。フェルメールもそういった作品は知っていたであろう。

レンブラント「34歳の自画像」(1640)

ここで愚見を挟めば、レンブラントはそれ以前にも振り返り像はよく描いていた。たとえばこれらなど。

「若き日の自画像」(c.1628)


「若きサスキアの肖像(微笑む若い女性の胸像)」(1633)

そもそも肩越しの視線はレオナルド・ダ・ヴィンチから始まり、その周辺でさかんに描かれた。さらにカラヴァッジョも描いているし、カラヴァッジョの強い影響を受けたユトレヒト派に持ち込まれレンブラントへと継承されたポーズであると宮下氏は説いている。

「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」もそうだが、少女がターバンを着けているのは、この絵が特定の個人を描いたものではなく、シビュラ(アポロの神託を受け取る古代の巫女、キリストの到来を予言したとされる)である証拠だそうだ。ミケランジェロのシスティナ礼拝堂の天井画にも描かれているし、17世紀以降はボローニャ派の画家たちによって単独の女性像として表現されるようになったとのこと。青いターバンを纏った作品もある。下に図版を拝借したドメニキーノの作品が単独シビュラ像としては最も古い作例かとも。

ということで、やはり、ターバンには単なる風俗(ファッション)ではなく、ちゃんとした意味があったわけだ。

これに関して気づくのは、フェルメールはターバンをこの他に少なくとも二度は描いていることである。それは「合奏」(1662-64)と「ヴァージナルの前に座る女」(1670-72)のなかの壁に展示されている絵、ディルク・ファン・バビューレン作の「取り持ち女」だ。この絵は1622年に描かれ、フェルメールの妻の母マリア・ティンスが所有していたとされるものだが、この絵の取り持ち女がターバンを巻いている。

フェルメール「合奏」(1662-64)制作年は本図録による
フェルメール「ヴァージナルの前に座る女」(1670-72)制作年は本図録による

青いターバンの少女とは巻き方が違うにしても(宮下氏はオランダではターバンはトルコ風のファッションだったとしておられる)、フェルメール一家は義母の家で暮らしていたわけだから、毎日この絵(同じ図柄の別ヴァージョンかもしれないが)を目にしていた可能性がある。そういう意味ではフェルメールにとってターバンは身近だった。

ディルク・ファン・バビューレン「取り持ち女」1622

ヨーロッパから見るとターバンは神秘的な東方文明を連想させるのは間違いないだろう(日本でも似たようなものかも)。言ってみれば、ターバンはそれを着けた人物が日常と異界との境界に棲む特別な存在であることを示している、のではないか。ジョルジョ・ラ・トゥールの「女占い師」(1630s)も起想される。

ジョルジュ・ラ・トゥールの「女占い師」1630s


骨董品好き、東洋好きだったレンブラントもしばしばターバンの人物を描いた。フェルメールはイタリア絵画をかなりよく知っていたようなのだが、小生は、それ以上に同時代の大先達だったレンブラントを深く研究していたと思っているので、レンブラントからの影響をもっとも重くみたい。

この見つめ返す感じ、レンブラントとフェルメールに共通するものがある。

レンブラント Marie Catherine Vasa, 1661


お肌がきれいになりすぎた感のある少女

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